4話 たくらむ者たち
とある場末の酒場での 一幕
色街近くの酒場に似つかわしくない男が一人、その店の個室に席を取った。
目立たぬように粗末な形をしているが、身に纏う雰囲気は上流階級のそれで、貴族である事は容易に見てとれた。
しかし、当の本人はその事に気付かない様である。
男は、目の前に置かれた二つの杯の片方に 出された酒を注ぐと、何の気なしに口をつけた。
しかし、次の瞬間には 眉をしかめ、二度とその酒を口にすることはなかった。
普段待たされる事等ないであろう その男の忍耐が限界に達すると思われる頃。
「おまたせしやした」
卑屈な笑みを浮かべながら、堅気とは縁遠い風貌の小男が 男の待つ部屋にスルリと音も無く滑り込んだ。
何の気配もさせずに部屋に現れた小男に 僅かにひるみながら男は
「例の物は、持ってきたか?」
と、高圧的な物言いを保った。
「旦那はせっかちでいけやせんねぇ。 もちろん、持ってまいりやしたが……」
まずは一杯などと言いながら、小男は空の杯に酒を満たし一気に呷った。
そして、大して減っていない瓶の酒と 男の杯を見て
「おぼっちゃまの口に、場末の安酒は合いやせんでしたか…… ケケケ」
下卑た笑い声を上げる。
「五月蝿い。 早く出せ」
男は苛立ちを露にして、声を荒げた。
「へいへい。 ホント、せっかちで いけやせんねー」
小男は、白髪の混じり始めた無精髭が生えた口元を、手の甲でグイっと拭うと、隠し持っていた皮の汚い袋から 艶のある丸く平らな石を数個取り出した。
「丁寧に扱え!」
無造作にテーブルに転がされた石を見て、男の顔色が変わる。
「へいへい。 すいやせん」
反省の意が全く感じられない謝罪を 小男が嘯く。
男は、「全く、これだから低能な輩は……」などと口の中で悪態を吐きながら、小男が出した石を明かりにかざしたり、表面を撫でたりして確かめた。
真剣な面持ちで、全ての石を確認し終わると
「これで、全部か?」
と、小男に問うた。
鼻をほじりながら 暇そうに酒を飲んでいた小男は
「へい。 それで全てでやす」
手を服で拭きながら答えた。
「本当だろうな?
もし隠し持っていたなら、今、此処で、すぐに出せ。
お前には分からないだろうが、これは危険な物なのだ。
知識も無い、魔力も乏しいお前らが扱える代物では無いのだぞ」
男は、言葉を区切りながら脅すように小男に言った。
「隠すなんて、めっそうも ございやせん。 盗掘をお目こぼし下すった、旦那を騙すなんて、考ぇたことも ございやせんで……」
哀れな声を出して テーブルに額を擦り付けるように、小男がひれ伏す。
その態度に気を良くしたのか
「ならば良いが、へたな気を起こさぬ事だ。 お前達の処遇など、どうにでも出来るのだからな。 無事に暮らしたければ、おとなしく俺に従えば良い。 悪いようにはしない」
男はそう言うと、隠しから皮袋を取り出し小男に投げた。
小男は中身を確認すると、口元を密かに綻ばせたが やおら情けない声で
「旦那ぁ。 お情けでございやす。 もうちっと、色つけてもらえねぇと、あっしら おまんまの食い上げでやす」
男に懇願した。
「足りぬと申すか。 強欲な……」
男は眉をひそめながらも、あと数枚銀貨を取り出し テーブルに置いた。
小男は銀貨を素早く袋に入れると、
「ありがとうございやす、旦那。 また よろしくお願いいたしやす。 それじゃ あっしは、これで失礼いたしやす」
もう用はないとばかりに 早々に部屋を後にする。
しかし 部屋を出る直前、チラリと振り向いた小男の目には 愉悦に歪む男の顔が焼きついた。
そして、こらえ切れずに漏らした男の一言を 小男の耳は拾っていた。
「ククク…… 見ていろ。 あの女、ズタズタにしてやる。
魔物の牙に引き裂かれ、瘴気に犯されて、美しい顔も体も 腐り落ちるがいい……」
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「あんちゃん。 あんちゃん。 遅かったから オオオ…オレ、心配した」
二階の個室へ通じる階段を降りてきた小男に、頭の弱そうな大男が駆け寄った。
「ああ、すまねぇな。 ちいと、手間かけやがってよぉ」
小男は そう言うと、ガチャガチャ、ワイワイと酔っ払いの立てる音がうるさい一階のホールへと足を向けた。
そして、目立たない席を選ぶと 酒と料理を注文し、不安げな大男を安心させるように 今の一幕を かいつまんで話してやった。
そして、酒も回ってきた頃
「俺たちゃ、黒蟻兄弟だ。
黒蟻の通った後にゃ何にも残らねぇ。
俺たちが掘った後にも、何にも残る訳もねぇ。」
いつものセリフを上機嫌で言った後、小男は急に声をひそめて
「弟よ、実をいうと 奴に渡した石は全部じゃねぇんだ。 とっときのが まだ一つ残っててよぉ。 そいぁ金の卵だ。 大金に化ける。 俺たちにも運が廻って来たぜ」
ニヤニヤと笑いながら小男が言った。
「すげぇな! あんちゃん。 オオオ…オレ、金いっぱい うれしい。 うまいもん腹いっぺぇ 食いてぇ」
大男は顔を パッと輝かせた。
「おおさ。 いっぺぇ食いな。
どっかの御大尽にでも売りつけりゃ、死ぬまで金にゃあ困らねぇ。
それに、さっきの ぼんぼんからも、金はがっぽりせしめたからな、暫くはコレで楽しめそうだ」
小男はニヤリと、男からせしめた金の袋を 大男にちらつかせた。
「あんちゃん! オレ、女も 欲しい! 酒も 飲む!」
大男が興奮して、叫ぶ。
「ああ。 懐は温けぇんだ。 好きに、やんな」
小男は 狡賢そうな目を弛ませて、はしゃぐ大男を見ている。
騒がしく、雑多で活気の溢れる歓楽街の喧騒は、今日も明け方まで続くのだった。
男は、女に相当恨みがあるようです。