3話 謎の抱擁 ~side雪羽
「シード。 どこか、いくの?」
ドンちゃんに まだ、何か言いたそうだったシードに聞く。
シードが微妙な表情のまま
「仕事で国外に出るんだ。 半月位は来れないから ユキハの顔を見ておこうと思って来たんだけど……」
シードの顔が曇る。
半月…… ずいぶん長い出張?
準備とか 忙しいだろうに、遅くなって 悪いことした。
「いつ、出かけますか?」
出発は、いつなんだろう?
戦争が始まりそうだからって あたしが召喚されたのに……
ここ以外の場所で しかも外国なんて、想像出来ないけど 危なくないのかな?
「今日。 急に決まって 今から出る。 もう、行かなくちゃ……」
溜息がこぼれそうに、シードが言う。
(突然、長期出張とかが入っちゃう仕事なんだ。 執務室ってすごい大変なところだなぁ)
「シードに会えない、さびしいでーす」
半月も会えないの 初めてだね……
仕事だから、仕方無いんだけどね…… 心細いな
シードは忙しい。
みんなの話から、それは分かった。
でも、3日と置かずに訪ね来ては いろいろ話したりしていく。
あたしの事を気にかけてくれているって分かって すごく、嬉しい。
召喚者の責任ってやつ?
実家に来るよう言ってくれたり(弟さんの結婚で無理になったけど)、ここで暮らしやすいように心を配ってくれたりと シードは責任感の強い人なんだな。 きっと。
だから、おつかいの帰りが遅くなったのも 心配してくれて……
仕事で海外に行く人に、心配かけて ダメだな~ あたし。
凹んだ あたしの頭に手を置いて
「寂しく思ってくれるの? ユキハ」
シードが少しかがんで あたしの顔をのぞいた。
う。
シード。
顔が近い。
ドキドキするから、少し離れて。
自分が かっこいいって自覚ない?
「うん。」
(寂しいです)
首をすくめて コクコクと うなずく。
うすいオリーブグリーンの瞳が、フッと和らぐ。
そんな、優しい目で見られるの 慣れてなくて、困る。
でも、さっきのサリエス先生も、話すときの距離が やたら近いかったけど、ドキドキしなかったのはなんでだろう?
綺麗過ぎて、作り物っぽいから?
シードに見つめられると、逃げ出したくなるのは なぜだろう?
頭を撫でていたシードが、ふと
「ユキハ、今日は髪の毛を 留めてないんだね?」
不思議そうに聞く。
「留めてたんですが―― もう、聞いてくださーい。
サリエスせんせーに むちゃくちゃされて、ピンとれましたー」
ホント、迷惑な人ですよねって……何?
どうして、固まってる?
「サリエスが?」
シードが、信じられないような目で見てるけど、何?
「こう~ ぐしゃぐしゃ に 触られました。 変な人でーす」
(変わった人ですよね。 いい人だけど)
ヘラって笑うと、むっとした顔になって
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ……
「ふわわわわわわっ!」
思いっきり、頭をかき回された。
先生は、表面を撫でただけなのに、今度は 髪の毛の中までシードの長い指を突っ込まれて
「んくぅぅ……」
シャンプーするみたいに、くまなく わしわしされて
(ぞわぞわ する~ ヤメてぇぇ)
こそばいやら、寒気がするやらで 涙が出てくる。
鳥肌が立って、頭がクラっときた。
髪の毛が、これでもかっていうほど ぐしゃぐしゃになった頃。
ぞわそわするあまり、真っ赤にのぼせて思考が停止した あたしの姿に気が済んだのか
シードは、ようやく手を放して 毛羽立った あたしの髪を手櫛で整えた。
そして
「もう、誰にも触らせちゃ ダメだよ?」
と、満足そうに にんまり笑って言った。
(好きで触らせた訳じゃないよっ!)
ギリッと睨みつける。
身長が違いすぎて、上目遣いになっちゃうのが悔しい!
そんな あたしをみたシードは、急にフニャンと溶けた様な顔になって
頭を両手で挟まれたと思ったら、おでこを あたしの頭にくっつけた。
「ユキハ、解った?」
やけに熱っぽい声が 降ってきた。
…………。
えーと……
えーと―― えーと――――
この状況を、どう受け止めたら いいのでしょう?
なんだか……
なんだか……
これは
ものすごく、恥ずかしい気がするんですけど……
もうそろそろ、放してくれたら 嬉しいんだけどな―――
両手でシードの胸の辺りを、ぐいーっと押してみた。
うっ。
動かない。
さらに力いっぱい押してみる。
うわ―――ん。
やっぱり、動く気配もない―――
あっ!
動かない上に、頭 両腕の中に 抱きこまれた―――
がっちり、ホールドされちゃったぁ
ダメじゃん。 あたし。
じたばたと もがいてみるも、ビクともせず……
「ユキハ。 返事は?」
頭上から聞こえる低めの声と、シードがつけている香水の 甘くスパイシーな大人の香りに
クラクラする―――
理由も分からず 熱くなる。
「ううう。 わかったー」
「わかった から、はなしてー」
シードの吐く息もわかってしまう距離に
慣れない あたしは もう泣きそうだ。
「いい子で、お留守番してて」
シードはそう言うと、頭にチュってキスを一つ落として 放してくれた。
「行ってきます」
優しく告げるシードに
もう、びっくりし通しで ろくな反応も出来なくなった あたしは
「いってらっしゃい」
と どうにか言って送り出せたけど、きっと 耳まで真っ赤だったはず。
シードの後姿を見送りながら、どうしてこんな事になってしまったのか考える。
サリエス先生の話になってからが、おかしかった……
シードはサリエス先生が 嫌いとか?
あたしの 言葉が悪くて、何かを勘違いしてるとか?
う―――ん。
考えても、わかんない。
とりあえずは、シードの前でサリエス先生の話は無しにして……
後は、言葉を習得する!
シードが帰って来るまでに、もっと上手に話せるようになろう!
きっと、言葉が足りないから、過剰でハードなスキンシップになっちゃうんだ!
そうだ!
そういうことに、しておこう!
よし。
頑張って、勉強しよ。