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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第2章
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2話 寄り道 ~side雪羽

 いつもなら療法院から、すぐに お爺ちゃんの部屋のある居住棟へ行くんだけど、サリエス先生から『背伸び薬』を内緒でもらったので、一度 自分の部屋に寄って 置いて来ようと、女官の居住棟へ向かって歩いている。


 ここの世界の人なら、多少の差はあっても魔力を持っているので 術場からエレベーターみたいにビューンと移動できるところを、あたしは ひたすら徒歩で……

 万歩計で計ったら、きっと何万歩も 毎日歩いているんじゃないかな? 


 同室の女官見習いのミリにも見つからないように、そっと机の中に薬を隠し お爺ちゃんの部屋に急ぐ。



 ゼイゼイゼイ

 あ――― もお 息 切れた……

 喉も カラカラだよ。


 もうちょっとで お爺ちゃんの部屋って所でノロノロと歩いていると


「ユキハちゃん。 具合悪そうだけど、どうかしました?」

 のんびりとした声が掛けられた。


 声の方を見ると、ドンちゃん ことドン・ケアリーが立っていた。


「ドンちゃん! ちょっと いそいだ からです。 心配しないです。 ドンちゃんは 仕事ですか?」

 距離を歩いて、熱くなった顔を 手の平で(あお)ぎながら、息を整える。


「今から、老師の所へ 書類を届けに行くんですが…… ちょっと、いいですか?」

 そう言ってドンちゃんは あたしの手を掴むと、ぐいぐい引っ張って行き 喫茶室みたいな場所へ連れて入った。

 そして

「お姉さん。 いつものと、ムルカのジュース、シロップ大盛りで お願いします」

 慣れた感じで注文する。

 あたしを窓際の席に座らせると、ドンちゃんも向かいに座った。


「あの…… ドンちゃん?」

 向かいの席でニコニコと笑いながら、額から吹き出る汗を拭く男、ドン・ケアリーは 魔道府の一般職員で事務的な仕事をしているらしい。

 ほぼ毎日、お爺ちゃんへ書類などを届けにやって来る、メッセンジャーみたいな人だ。


 あたしが感じた ドンちゃんの印象は、ズバリ 『クマのぬいぐるみ』だ。

 丸くて 大きな体。 うす茶色の髪に つぶらな茶色の目。

 のんびりとした じゃべり方と 愛嬌たっぷりの表情。

 おいしいものが大好きで、ケーキとか持ってきてくれては 自分もしっかり食べて帰る――― 面白い人である。


 で、そのドンちゃんにお店に引っ張り込まれて、びっくりしている。


「おっ! ユキハちゃん。 来た来た。 コレ飲んで、元気出して下さいよ。 女の子は疲れた顔してちゃ ダメなんですからね」

 と、ウェイトレスのお姉さんが持ってきた、赤いジュースにシロップをどば――っと入れて、あたしに差し出した。


(うわぁ。 すごく甘そう……)


 ドンちゃんは、ストローでかき回せってゼスチャーをしている。

 透明なシロップが下に溜まって2層になったジュースを、ストローでかき混ぜて、恐る恐る口をつける。


「……おいしー!」

 酸味と甘みが丁度いいバランスで、爽やかな果物の風味が口に広がる。

 予想以上に美味しくて、思わず疲れも吹き飛んで 笑顔になる。


「疲労回復には ムルカが1番なんですよ。 あ。 ワタシのも来ましたよ。 お姉さんありがとうございます」

 ドンちゃんは、ウェイトレスのお姉さんから ソレを丁寧に受け取ると、スプーンですくってパクリと食べ始めた。


「ドンちゃん…… まだ、朝 ですよ?」

 ソレは パフェでした。 呼び方は違うけど、どう見てもパフェ。 しかも大盛り。

 目の前で、大盛りパフェを高速で平らげていくドンちゃんを、あたしは 信じられない気持ちで見つめる。


「ちょっとした、栄養補給です」

 見る間にパフェが消えていくので あたしも「もったいないなぁ」と思いながらもジュースを一気飲みする。

 ドンちゃんはあっという間にパフェをたいらげると、口元を軽く拭いて 何事も無かったかのように「さあ、仕事ですよ」とあっけにとられる あたしを置いて会計を済ませてしまった。

 慌てて 「ごちそうさまでした」と御礼をいうと ドンちゃんは

「どういたしまして。 また付き合って下さいね」と朗らかに笑った。

 



 そのまま2人で お爺ちゃんの部屋に着くとシードが来ていた。

 朝に来るなんて、珍しい。

 お爺ちゃんに何か用事でも あったんだろうか?

 険しい顔をして、こっちを見ている。


「お爺ちゃん。 ただいまー。 遅くなりまして ごめんなさーい。 シード、おはよー」

 シードにも声を掛けたけど、機嫌が悪そうだ。 これまた、珍しい。

 刺激しない様に、スーっとキッチンへ抜けようとすると


「ユキハ。 随分、時間が掛かったね? 今、探しに行こうとしていたんだよ」

 進路に立たれて、シードに言われた。


 はぁ~ まずい。 やっぱ、直接来れば良かったかな……


「あ――― ごめんなさい……」

 背伸び薬の事を隠して、どう説明したら誤魔化せるかと、頭をフル回転させていると


「ワタシのせいで、ユキハさんに時間を取らせてしまいました。 申し訳ございません」

 ドンちゃんが あたしを かばうように頭を下げた。


 シードは そこに誰かがいる事を 認識していなかったように、初めてドンちゃんに 目を向けた。


「君は?」

 氷のように冷ややかな声。


(シード、怒ってる? 顔が、怖いよぅ!)



「魔道府事務局三課のドン・ケアリーと申します。」

 直立でドンちゃんが答える。

 ドンちゃんが、真面目だぁ!

 でも、ドンちゃん。 

 汗、噴いてるよ! 玉になってるよ!

 暑いの? そんな訳ないか……

 シードからの 無言の圧力で?


(ひぃ…… 空気が、ピリピリするよぅ……)


 その緊張した空気を解いてくれたのは、お爺ちゃんのゆる~い声だった。


「ユキハはドンと一緒じゃったか。 いつものドンの道草に 付き合っておったというところじゃろ?」

 ほほほ、と笑いながら お爺ちゃんが出てきた。


「道草? 仕事中に?」

 シードの眉がつり上がる。


 仕事に関して、シードは ちゃんとしてるっぽい からなぁ…… 

 バリバリ仕事をこなします、できる男ですって感じだもんな。

 ドンちゃんの、のんびり・お気楽スタンスは 理解も共感も出来ないだろうなぁ~


 でも、お爺ちゃんはドンちゃんを気に入っているみたいで

「栄養補給じゃの」 

 茶目っ気たっぷりに そう言うと

「書類を(もら)おうか。 (ことづ)けるのも 有るんじゃ」

 と、ドンちゃんを机のある奥の部屋まで すいっと連れて行ってしまった。


 そして、奥の部屋から声だけで

「シーウェルド。 お前も 気を付けて行きなさい」

 見送るような事を言った。




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