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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第1章
35/49

35話 巫女 10 春の夜 ~sideアル

 

 その後、戦争後も影響力を持つであろう巫女に 自分を売り込もうとする(やから)に囲まれて、蒼玉宮(せいぎょくきゅう)に帰れりついたのは真夜中近くだった。




 カノンは居室へ戻った時から無表情になって、三人掛けのソファに深く腰をかけると、はぁ~と息を吐きながら上向きに倒れ込んだ。 


「アル~ 暑い。 窓、開けて~」

 伸びをしながらカノンが大きい声を出す。


「はい、はい」

 バルコニーに続く窓を開けると、ひんやりとした夜気と共に (ほの)かにマリニアの香りがした。

 庭のマリニアの花が満開だった。 風が、その香りを運んだのだろう。

 カノンの国のサクラに似ていると、昨日聞いた。



 カノンの頭の上にあるクッションを除けて ソファに座りながら

「カノン、大丈夫? 疲れた?」

 無造作に投げ出された 艶やかな黒髪を(まと)めて 頭を()でる。


 会場では気付かなかったけど、頬が(あか)く染まっている。

 僕が目を放した隙に、勧められるまま ()んだのだろう。 部屋に帰って、酔いが廻ったか?


 カノンは撫でられているのが気持ちいいのか、目を閉じて避ける様子は無く


「疲れた。 顔が、すご~く疲れた。 もう笑えない」

 頬を両手でマッサージしながら、仏頂面で言った。


 確かに、今日のカノンの笑顔は素晴らしかった。 作り笑顔と分かっている僕でさえ、見惚れる完璧さだった。


「お疲れ様。 頑張ってくれて、ありがとう。 これで(しばら)くは静かに過ごせそうだよ」


(嫌な奴に、目を付けられてしまったけど……)


 まあ、僕さえしっかりしていれば、大丈夫だ。

 カノン程は疲れてないんだろうけど、今日は僕も疲れた。

 ミルクのたっぷり入った鎮静効果の高いマサラ茶を飲みながら、指でカノンの長い髪を()く。

 ひんやりとした滑らかな手触りは、とても気持ち良くて 何故(なぜ)か落ち着く。



 頬をさすりながら、ぼんやりと僕にもたれかかっていたカノンが おもむろに

「王子って、思ってたより大変だね」

 ぽそりと(つぶや)いた。


「ん? そうかな?」


「そうだよ。 言葉遣いや作法もいちいち面倒くさいし……

 アルが すごく気を使ってたのが分かったもの。 

 さっきの夜会でも、私の分からない駆け引きが、山ほどあった気がするし……

 王子って、もっとお気楽なものだと思ってた」


「ああ。 召喚する前は、気楽だったよ。 今まで僕は 割と無視される方が多かったし……

 僕が召喚者になって、王家でのポジションが変わったから、動きたい連中もいるんだよ。

 自分を売り込みたかったんだろうね」


「割と無視って、なによ?」

 カノンは むくりと少し起き上がって、僕を振り返り まじまじと顔を見て聞いた。


「うーん。 王子って言ってもね、母親の身分も低くて、後ろ盾の無い6番手なんて 注目に値しないからね。 先代の王にも子供は沢山いたし、今の王にも男女合わせて19人子供がある。 この国には王族なんて、掃いて捨てる程居るんだ。 だから、後ろ盾の無い者は 王家の中では軽くあしらわれてしまうんだ。 利用価値の無い者は、存在しないのと同じって事だね」


「王様は、何してるの? 自分の子供でしょ?」

 語気も荒く、カノンがむくれる。


「僕の母は側室だったんだけど、僕を産んだ後 亡くなってね。 国王は僕に特別な愛情は持ってないと思う。 まあ、守役と乳母を付けて後宮に住まわせて、教育なんかはしっかりしてくれたから、父親の義務は果たしているんじゃない? ロイスと同い年だから、学友としての役割が出来たお陰で 生き残れたのは、幸運だったと思うけど」




「……たいへん、だったんだね」

 (しば)しの沈黙の後、カノンが珍しく口ごもる。


「病気で母親を失う子供は沢山いるよ…… 僕だけが特別じゃないから」

 微笑む僕に


「そうだとしてもっ! アルは、一人で頑張ってきたんでしょ?」

 びっくりするほど真剣な眼差しで、カノンに詰め寄られて

 なぜ、彼女がこんなに熱くなっているのか理解出来ずに戸惑う。


 (どうしたの? 何かおかしいよ?カノン)


 潤む瞳で僕を見つめていたと思ったら、急に カノンはソファの上に ぺたりと座り込み (うつむ)きがちに口を開いた。


「私ね、ずっと自分の家が嫌だったの。 自分の役割から逃げたかった」


 ポツリ、ポツリと言葉をこぼす。 


「でも、今日 夜会に行ってこの国の王族達を見たら、自分は両親や周りの人たちに守られていたんだなって思った」


「アルは、あの人たちの中でずっと生きてきたんでしょ?」


 長い髪が顔に掛かり 陰になっている所為(せい)で、カノンの表情は見えないが、声がかすれている。


「小さい頃は滅多に会わなかったけど、まあ、後宮で育ったからね」

 僕が答えると


「えらかったね……」

 カノンはおもむろに ソファの上に膝立ちになり 片手を伸ばして、優しく頭を撫で始めた。

 黒い瞳が濡れて 明かりを反射してキラキラと光っている。


 頭を撫でられるなど、幼少の頃に乳母からされて以来である。 どう反応していいのか戸惑い、動けずにいると

 カノンは、まるで小さい子供にする様に、静かにそっと優しく頭を抱き寄せて

「一人でえらかったね。 頑張ったね」

 と僕をキュッと抱きしめた。


 トクン・トクン・トクン

 カノンの胸から規則正しい鼓動の音がする。

 胸の柔らかさと、カノンの甘い香り

 抱きしめられた腕の細さと、頭を撫でる手の温かさ。

 それらが全て合わさって、瞬時に僕の胸の奥に 温かい何かが注ぎ込まれた。

 しかし、カラカラに干上がって、存在すらも忘れていた その場所は

 カノンから注がれるそれを 砂漠に落ちた水の様に 一瞬の内に()み込ませた。


 カノンはどういうつもりかは分からなかったけど、

 そうされているのは、ひどく心地の良いものだった。




 そして、カノンは僕を抱きしめて、



 抱きしめて、



 抱きしめて――――……




「………………。」





「カノン?」



 返事が無い。



「カノン。」

 もう一度呼ぶ。







「…………ぐー……」




(寝息? 眠ってる?)



 耳を澄ます。




 やっぱり


「…………すー……」




 首に巻きついた細い腕を、そっと外し

 ぐらつく頭を片手で支えながら、ソファに横たえる。


「この状況で眠るか? 普通」


 無邪気な寝顔を無防備に晒す この困った姫巫女様に


「まいったな…… この酔っ払いめ……」

 力なく 悪態をつく。




 初めて会った時、

 真っ直ぐに僕を見たカノンの眼差(まなざ)しに心()かれた。

 それは僕が王子とわかっても変わる事はなく、(こび)を含まない澄んだ瞳だった。

 ただ僕そのものの本質を見際めようとするかのような、曇りの無い目をしていた。

 僕は、それが とてつもなく嬉しかった。

 そんな風に見てもらえたのは、初めてだから……


 そして、今また一つ。

 自分でも気付かなかった部分が、カノンを求めている。

 一度味わった蜜は 忘れることなど出来ないものだ。

 もっと。もっと と求めてしまいそうで怖い。


 カノンの全てが欲しい。


 心まで手に入れたいと こんなに思ったことは無い。

 カノンといると 心が満たされる。

 まさに神からの贈り物。


 うっかり傷つけて壊してしまわないように、

 他の誰にも奪われないように

 気を付けなければ……




「愛している」

 安らかな寝顔のカノンに ささやく。



「絶対に、幸せにするから。 僕の傍にいて欲しい」

 言葉に出して、自分を縛る。


 いつの日か、この言葉を告げた時 カノンが(うなず)いてくれたらいい。


 その日が来る事を 願わずにいられない。



 ともかく、明日からの毎日を大切にしようと思う。


 カノンと出会って、まだ4日だけど

 彼女といると、今までとは 全く違う日々が待っていそうで……


 『僕の世界が変わっていく』

 そんな予感に、胸が高鳴る。




 甘くて、なんだか切なくなる

 花の香りに包まれた 春の夜だった。








第1章が終わりました。

思ってもいなかった長さに びっくりしています。

プロローグ的な人物紹介文に お付き合い下さいました皆様、

ありがとうございます。


2章から、ぽつぽつ話が始まります。

すみません。

ぽつぽつです。


これからも お付き合い頂けると非常に嬉しいです。


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