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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第1章
34/49

34話 巫女 9 夜会 ~sideアル

 

 後宮の長い廊下を通り、広間に向かう。

 巫女姫の到着を聞き付けたのか いつもより多くの女官とすれ違う。


 今日の夜会は、王族と側室、その侍女達だけの内輪のものである。

 しかし、王の側室は常時8名、後宮に住まう王子は3名、王女2名で、後宮を出て宮を持つ王子はアルを含めて9名いる。王女の数が少ないのは、他家に嫁に出しているからだ。 これだけの人数に侍女も加わると内輪とはいえ、そこそこの規模である。


 夜会の会場となる広間に案内されると、其処(そこ)には(すで)に臣下に下った王子やその家族、侍女達が、談笑していた。 侍女達の華やかな輪の中心に、栗色の短髪を見つけて驚いた。

 最もカノンに会わせたくない人物、王太子がいる。


(なぜだ? 今日は出席しないと聞いているのに…… しかも広間にいるなんて?)


 いつもなら王妃と共に入場する奴が、会場で待つのは珍しいことだ。

 謁見の時の奴を思い出し、このまま引き返したい気分になる。


 王太子らが僕達に気が付くと 話し声が止み、会場がシンとなる。 

 カノンの手を取って、中央まで進み、王太子の前にカノンと並び立つ。

 後ろには大神官、神官は入り口付近に控えている。


「こちらに王太子殿下がお越しになるとは、存知上げませんでした。 遅参(ちさん)致しましたこと、お詫び申し上げます」

 遅れた訳でもないが、立場上仕方なく 深々と、頭を下げる。


「よい、アルフレッド。 用が早く済んだから、勝手に押しかけたのだ。 母上にも来るとは言っていない。 一昨日は(あわただ)しくて巫女姫をよく見れなかったからな」


 王太子はカノンに目を遣り、上から下まで()めるように見(まわ)


「王太子のヘンリーだ。 巫女姫殿には出来る限りの事をして差し上げたい。 望みがあれば何なりと、このヘンリーに申し出られよ」

 好色そうな笑顔を浮かべ、王太子は毛深い手でカノンの手を取り、分厚い唇を カノンの手の(こう)に押し付けた。


(カノンに()れるな!!)


 情欲のこもった奴の視線に(さら)すだけでも、カノンが(けが)されそうなのに、挨拶とはいえカノンを(さわ)られるのが不愉快で、殺意を覚える。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか


「ありがとうございます。 王太子殿下」


 カノンは鈴の鳴るような可憐な声で、ヘンリーに答えた。

 そして (あで)やかに微笑み、(ひざ)を軽く折って礼をした。


「お気遣いに感謝致します。 でも、アルフレッド様には とても良くして頂いておりますので、ご心配には及びませんわ」


 僕を見上げて、あどけない表情でニコリと笑う。 僕に向けられた甘い言葉に、ヘンリーの手が緩んだ(すき)に、カノンはさっと(つか)まれていた手を引き抜いた。

 それと同時に少し下がり、王太子には見えない位置で、こっそりと手の甲を服に(なす)り付けているのが目には入った。

 顔は(いま)だ、非常に にこやかな愛想の良い笑顔を浮かべたままで、である。


 僕は危うく噴出(ふきだ)すところだった。

 しかし、その時

 王妃の入場が伝えられた。

 王太子以外全員が正面の一段高い玉座を向き頭を下げる。


 王の側室達が玉座の横の扉から入場して、

 王子、王女が続き 

 最後にでっぷりと肉の付いた体をゆっさりと揺らしながら王妃が入場し玉座の前に立つ。

 王妃は 薄くなった栗色の頭髪に入れ髪をして大きく膨らませ、蟻の尻の様になった頭に略式の(かんむり)を乗せて、壇上から一同を見下す。

 その姿は長年に渡り後宮に君臨してきた女の驕慢(きょうまん)さが垂れ流されていた。


(おもて)を上げよ」

 命令し慣れた口調で、王妃が命じる。


 背筋をピンと伸ばし、(りん)(たたず)むカノンは 王妃の前にも(かか)わらず、どこか悠然(ゆうぜん)としていて、後宮の雰囲気に呑まれ萎縮(いしゅく)する様子など、全く見られなかった。

 むしろ、その立ち姿は 広間にいる者達の好奇(こうき)の目に(さら)されていても、超然(ちょうぜん)としていて美しく、輝いて見えた。 


 王妃は、正面にいる僕とカノンの姿を見つけると

「アルフレッド。 こちらへ」

 壇上に呼ばれ、カノンと共に上がる。


「王妃殿下。 本日はお招き戴き、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます。 こちらは この度、召喚致しました巫女のカノン・サンジョーにございます」

 礼の形を取り、王妃にカノンを紹介する。

「お初にお目にかかります。 花音・三条と申します」

 カノンは(ひざ)を軽く曲げて宮廷風の礼をとる。 その(なめ)らかで自然な、洗練された立ち居振る舞いに、王妃は少し目を見開いた。

 公爵家の()で、気位が高く、下賎(げせん)の者を嫌う王妃の目にカノンは(かな)ったのか、王妃はカノンに微笑みかけながら


「アースリンド国王妃クローディアじゃ。 遠い世界からの客人(まれびと)として、また巫女姫として歓迎しよう。」


 王妃はそう言うと、カノンの背に手を添え


「巫女姫、カノン・サンジョーじゃ。 皆、見知りおくように」


 会場中に聞こえるように声を張る。


 皆、(ひざ)を折り承服(しょうふく)の意を示した。


「音楽を!」

 この一言が合図となり、夜会が始まった。

 飲み物が配られ、銘銘(めいめい) 食事を楽しんだり話に花を咲かせたりを始める。


 玉座に腰を下ろして

「中々、可愛らしい娘で良かったではないか。 アルフレッド」

 王妃は笑みを浮かべた。


 礼を述べようとして、王妃の次の言葉に凍りついた。


「ヘンリーが、巫女がとても可愛らしかったと()めちぎるので、どのような娘かと思っておったのじゃ。 このように愛らしい姫なら、(まこと)欲しくなるのも無理はない」


(今、なんて言った? この女……! ヘンリーがカノンを欲しがっているだと?)


 頬が引きつるのを感じながら、何も気付いてないように

()の運命の(ひと)が、このように素晴らしい方であって、喜ばしく思います。 よい姫を我が元に(むか)える事が出来て、まさに僥倖(ぎょうこう)であると存じます」

 牽制(けんせい)をかけておく。


「さて、私達が踊らないと どなたも始められないようなので、少し失礼させて戴きます」

 これ以上、カノンに余計な話を聞かせたくは無い。

 王妃にとびきりの作り笑顔で断りを入れると、カノンの手を取り さっさと広間の中央に出る。


 1曲カノンと踊った後、他の王族や側室などにカノンを紹介して回り、ようやく一巡し終わった。

 食事でも取ろうかと広間の端の席へと足を向けると、(はた)迷惑な程のきつい香水の香りと共に、耳障りな声が掛けられた。


 うんざりとした気持ちで振り向くと


「アルフレッド殿下。 この度は召喚の御成功おめでとうございます」


 人を食べてきたかのように赤い口唇(くちびる)から、(こび)を含んだ声色(こわいろ)が流れた。

 そこに挑むような顔つきで立っていたのは、バーネット伯爵家息女、アナベラ。 

 確か、側室カトリーナ妃の侍女をしている。


 ブロンドの髪をを高く結い上げ、オレンジ色のドレスの胸元は大きく開き、豊かな胸の膨らみを これ見よがしに見せつけている。 その格好は、お世辞にも上品とは言いがたい。

 以前から度々誘いをかけてくる この勝気な娘、顔立ちは別に悪くない。 むしろかなり美人の類に入るし、スタイルもいい。 しかし、何かにつけて 上昇志向が強過ぎる。 王子や有力貴族の子弟の妻の座を狙っているのが あからさまで寒気がする。 

 いくら見た目が良くても、地位や権力と寝るような女と、結婚する気には 僕はなれない。


 そして、そのアナベラの後ろには 彼女の仲間のような侍女達が数人 こちらに向けて含みのある笑顔で立っていた。 


「ありがとう。 アナベラ嬢」

 早く立ち去って欲しいと、願いを込めて 最小限の言葉にする。


「殿下、こちらが巫女姫様? まあ、なんて 可愛らしい姫様だこと」

 アナベラの青い目が細められた。

 そして、カノンに向き直ると

「巫女姫様。 お初にお目に掛かります、バーネット伯爵息女アナベラにございます。 慣れない所で大変でございましょう? 暫くのご辛抱でございます。 戦が収まれば、すぐにでも元の世界に帰れますから……」

 アナベラの、いかにも『同情しているんです』という表情と、(たたみ)み掛けるような口ぶりに、カノンは何も言わず 驚いたような顔をしている。


 気性の激しいアナベラならば、何かしらの行動を起こすだろうと覚悟はしていたが……


(これはまた、直球で きたものだな)


 王妃が客人であると宣言した手前、直接的な嫌がらせも出来ず この程度の嫌味になったんだろうけど

 カノンを不快にさせる者を放置する気も無い。



 アナベラの後ろで「巫女だから、アルフレッド王子も仕方ないのよ」「用が済むまでの辛抱よ、アナベラ」だとか 取り巻きが申し合わせたかのような台詞(セリフ)をヒソヒソと(うるさ)い。 カノンに聞こえるように(わざ)と言っている。


(頭の悪い女には、はっきり言わないと分からないか……)


「アナベラ。 君は 勘違いをしているね。 戦はおこらないし、私はカノンを帰さないよ」

 僕の言葉に、アナベラ達が ぱっとこっちを向く。


 そんな彼女達に

「カノンは愛する、大切な、運命の(ひと)なのに、私が手放す訳ないだろう? 

 それに、私達はもう一緒に住んでるしね。 カノンの可愛い寝顔を見るのが 今の私の楽しみなんだよ」

 カノンの手を握り、手のひらに口付けをする。

 女達の目は、つり上がった。


 カノンの指に僕の指を(から)めて握り締め、頬に寄せて

「君達にも、早く運命の(ひと)が見つかるように祈っているよ」

 笑顔で彼女達に見せ付ける。 唖然としているアナベラ達に向かって さらに畳み掛ける。


「ああ、そうそう。 私の大切なカノンが 誰かに傷つけられたら……たとえそれが言葉によるものであっても、私の報復を容赦するつもりは無いから。 草の根を分けてでも探し出して、息の根を止めないと気が済まないだろうね。 君達も、そんな事が起こらないように願っていてくれる?」


 そう言ってにっこり笑った僕を見て、アナベラ達は顔を真っ青にして(うなづ)(こうべ)を垂れた。 それをそのまま放置して、くるりと(きびす)を返すと 僕はカノンを連れてメインテーブルに程近い 壁際の席へ付いた。


 ワインと甘い食前酒が出され、軽い食事がすぐに運ばれてきた。


 カノンは(あんず)の香りのする黄金色の食前酒を一口含んで

「アル。 さっきの女はアルの愛人? 元恋人? その他大勢?」

 大きく黒い瞳で僕を(のぞ)き込みながら聞いてきた。全く怒っている風でもなく、むしろ興味津々といったところか……


「とんでもない。 どこからそんな考えが出てくるの? 何の関係もない、ただの顔見知りだよ」

 全面的に、関係を否定しておく。


「ふうん。 違うんだ。 ずいぶん綺麗な人だったしアルに気があるような口ぶりだから、そうかと思った」

 銀杯を揺らして香りを楽しみながら、カノンがニヤリと笑った。

 そして

「じゃあ、これから修羅場が始まるのかしら?」

 心底楽しそうに 広間をくるりと見回して、期待のこもった熱い目で僕を見つめる。


「ええ~っと。 残念ながら、今ので終わりだと思うよ?」


「え―――! 無いの? 修羅場が? 『この、泥棒猫!』とか、言われないの? 赤ワインを頭の上から注がれたりして、『綺麗な色に染めてあげようと思ったのに、黒くて汚いままの髪なのね』とかも?」

 信じられないとでも言いたげな顔だ。


「そんな事を期待していたの……?」

 頭痛がしてきた。


「だって……朝からずっと溜息ばっかりついているから、アルにとって よほど都合の悪い事が待ち受けているのかと思って。 ほら、定番でしょ? アルは王子の中でもイケてる方だし、女の子が放って置く訳ないだろうと……」


「ここにいる女性とは、カノンの想像しているような関係を持ったことは一度もないよ。 だから、カノンが期待している展開は、いくら待ってても訪れないからね。

 そもそも、さっき王妃殿下がカノンの事を客人って紹介してたでしょ? 王妃の客に喧嘩(けんか)を売る人間は此処(ここ)に居れないよ…… アナベラの言動も大概(たいがい)失礼だけど、あれが限度かな」


(僕は許さないけどね)


「ふ―――ん。 残念。 つまんない」

 カノンは口を(とが)らせて そう言うと もう女達に興味を無くしたようで、料理に視線を落とした。


(修羅場が定番って……カノンのいた世界はどんな所なんだろう?)


 カノンの頭の中が読めない僕は、こらからのカノンとの生活に 一抹(いちまつ)の不安を覚えた。




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