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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第1章
33/49

33話 巫女 8 後宮にて ~sideアル

 カノンを蒼玉宮(せいぎょくきゅう)に移した次の日


 王妃のたっての希望で、カノンを伴って 後宮の夜会に出席せねばならない。

 本当は昨日訪れる予定だったが、カノンの体調が優れなかったことで 日延べされたのだ。

 出来る事なら、もっと日を置いて 十分カノンを静養させてからにしたかった。

 しかし、王妃の催促(さいそく)でそれも(かな)わず……


(巫女姫の、顔を見せろって事だな)


 うんざりしながらも、断ること(など)出来はしない。

 気の重い用向きである。


 昼食の時も、つい言葉少なになってしまった僕に、カノンは頬杖(ほおづえ)をついて


「そんなにイヤな相手なら、行くの止めよう。 巫女も体弱いとか言っとけば?」


 依巫(よりまし)の具合を聞かれて、まだ意識が戻っていないと教えたからか、

 デザートの赤いチェリーを口に含みながら、行儀の悪い態度でカノンが言う。

 昨日の王の前での立ち居振る舞いから、彼女の育ちの良さが伺える。 それを、あえて悪ぶっている。


(この子は……また、かわいいことをして……)


 昨日もそうだが、カノンはかわいい。

 何をしても、かわいい。

 一昨日(おととい)の眠っているカノンは、無防備で表情もあどけなさを残していた。

 しかし、軽く触れる体の曲線は16歳だという割には立派で、十分な成長をしているようだ。 

 朝まで眺めるだけで、手を出さなかった自分を()めてやりたい。


 カノンは素っ気無く、無愛想に振舞おうとしている。 何故(なぜ)そうしようと思ったのか、元からそんな風なのかは まだ不明だが、表情や仕草(しぐさ)端々(はしばし)に感情が()れ出ていて、何を考えているのか分かり(やす)い。

 それを隠そうとしている所がまた、猛烈にかわいい。 

 怒っていようが、(にら)みつけようが、どの顔も僕の目には (いと)おしいカノンとしか映らない。


(もう、この部屋に閉じ込めて、誰にも見せないで独り占めしたい)


 ――――しかし、そんな訳にもいかず……

 王妃や側室達はまだしも、侍女連中の鋭い視線にカノンを(さら)すことを想像すると、溜息が出てくる。


「行きたくないですって言ってしまいたいけど……言えないんだよね~」

 苦笑いしか出てこない。


「そんなに、嫌な人達の所へ これから行くの?」

 カノンが綺麗な顔をしかめる。


(こらこら。 カノンを怯えさせてどうする! 自分!)


「気が重いって言ってもね、王族って話す時に気を使うし、疲れるからっっていうのと

 カノンがあんまり可愛くて、みんながいろいろ言ってきそうだな~って事くらいなだけだから!

 大丈夫。 カノンは僕の傍に居るだけでいいからね。 何もしなくて、いいから。」

 安心させるように言う。

 カノンの目が一瞬大きく開かれ、その後、ムッとした顔つきに変わった。


(あれ? 何か、気に障った?)


 なんだかカノンの目に不穏(ふおん)な火が(とも)っているんだけど……


(今、なんて言ったかな――――)


 こらこらカノン、三白眼は止めようね。 戻らなくなっちゃうよ?

 う――ん。 何処(どこ)に引っかかった?


(わか)った。 何も言わない。 何もしない。」

 ポイントを特定出来ないまま、カノンは話はもう終わりとばかりに席を立った。


(うわ~ 最悪。 機嫌悪っ! もう本当に 行くの止めたい……)





 夕刻、大神官が供を引き連れて訪れた。 

 僕は、魔道騎士団の軍服、カノンは巫女の装束を身に付け、共に後宮へと向かう。


 後宮へ通じる大扉の前は、ちょっとしたロビーになっていて、後宮へ入る手続きなどの間に利用する者も多かった。

 そこにロイスは居た。

 偶然を装っているが どうやら、後宮へカノンを伴う事を聞き付けたようだ。 そういえば、ロイスはカノンをまだ ちゃんとは見ていなかった。 召喚の時、仄暗(ほのぐら)い中で見ただけだし、王の謁見にいたのは王太子と評議会の面々、公爵家の当主のみだった。 


(ロイスは父親の公爵から、夜会の事を聞きだしたか……)


 後宮でのやり取りを思うとうんざりするのに、今 ロイスに関わって面倒事は起こしたくなかった。

 しかし、ロイスはカノンに興味深々で、「珍しい黒髪だ」などと、カノンの髪に触れようと手を伸ばした。 

 制止しようとした その時――――


 パシッ!


 ロイスの手が、(はた)かれた。


「汚い手で、触らないで」

 嫌悪感も(あらわ)に、カノンが冷たく言い放つ。

 元から今日のカノンの機嫌は悪かったのだ。 気位の高いカノンが、ロイスの無遠慮な行いを許す訳はなかっただろう。


 そんなカノンの性格を知るはずのないロイスの顔面が、見る間に 怒りでどす黒く変色していく。 ロイスは公爵家の嫡男として、皆に(かしず)かれてきた所為か 傲慢(ごうまん)な男である。 巫女姫とはいえ、年端もいかない少女に無下(むげ)にあしらわれ、ロイスは激昂(げきこう)して体を震わせた。


「何をする! この女!」


 僕は、詰め寄ろうとするロイスとカノンの間に体を割り込ませると

「ロイス。 これから王妃殿下の夜会なんだ。 悪いけど、また後でね」

 即座(そくざ)に、カノンをロイスから引き離す。


 王妃との約束を持ち出されては、ロイスも面と向かっては文句を言えずに一瞬押し黙る。

 その隙に

「じゃあね」とカノンを(かば)いながら通り過ぎようとした。


 ところが、その時

 ロイスがカノンの手首を、がしりと(つか)んだ。


「なにをする!」僕が言葉を発する、その前に


 ズダン


 ロイスは、(つか)んだ手を その勢いのままカノンに取られ、()なされて、仰向(あおむ)きにひっくり返されて……


 自分の身に何が起こったのか理解出来ないまま、眼を見開き 床の上に尻餅(しりもち)を付いていた。

 (まばた)きする間の出来事に、皆 唖然(あぜん)とした。

 不意を()かれたとはいえ、ロイスも一応 騎士団に属している。 鍛錬(たんれん)もそれなりにしているはず。

 そのロイスを軽く転がしたカノンは、床の上のロイスに、さも汚らわしいという一瞥(いちべつ)を向けた後、フイとその顔を大扉の方へ向けると、ロイスが眼に入らないようにか 僕の影に入ってしまった。


 激怒の余り、口がまともに聞けないロイスに大神官が

「まあまあ。 巫女姫様は清純な乙女(ゆえ)、貴殿の所作(しょさ)に驚かれたのでしょう。 気をお(しず)め下さりませ」

 ホホホと長い白(ひげ)()らしながら、やんわりと(さと)し、

 お(つき)の神官がロイスを立たせる間に、さっさとカノンを大扉の中に入れてしまった。



 ロイスを残したまま大扉が閉まってすぐ

「カノン。 今の(すご)かったね! ロイスに何をしたの?」

 待ちきれない気持ちでカノンに聞いた。


 気分が少し晴れたのか、(やわ)らかい表情を浮かべて

「子供の頃から変態よけに習っている 合気道の技を使ったの」


「アイキドー?」


「武道の一種よ。 相手の勢いを利用して、投げたりする身を守るための体術って言えば解るかな」 

 ああ、(わか)るよと項突(うなず)けば、カノンは そう?と口元を(ほころ)ばせた。

 そして、僕の目を見つめて

「アルと、さっきのあの男とは、友達なの? 私が召喚された時にも見かけたんだけど」

 探るような口調で尋ねた。


「ああ――友達というか……幼馴染で同級生かな。 同い年だから小さい頃から、何かにつけ一緒だったんだ」


 ロイス・エッカートは公爵家の嫡男で、彼の受け継ぐエッカート公爵家は、広大な領地を所有し、豊かな経済力を誇っている。 王家としても扱いには注意が必要な大貴族だ。

 その嫡男と同い年の僕には「友好を深め、懐柔(かいじゅう)し、王家の影響力を高めよ」と命令され、なんとか友達になるようにしてきたのだが……

 我侭(わがまま)粗暴(そぼう)なロイスとは性格的に会わないし……

 従えるというより、良いように使われている感じ?


 でも、カノンの目には ロイスと付き合う僕は、彼と同類に映っていたのだろう。


「不愉快な思いをさせて、ゴメンね。 もうロイスを君に近づけないから」

 そう言うと


「ええ。 そうして」

 カノンは低い声で答えると、ツンと前を向いたまま、僕の方を向かない。

 ちょっとロイスに対する反応が、過剰じゃないかと 思わないこともないが、

 僕に接する甘さを含んだ つれない態度と、ロイスへのそれとは まるで別物で――――


(カノン、僕のこと嫌いじゃないよね?)


 ロイスに対する優越感を()()めて、カノンをエスコートする。


(さあ、気持ちを引き締めよう)




そして僕たちは、後宮へ足を踏み入れた。





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