32話 巫女 7 夜明け前 ~side花音
花音の生い立ちについて
夜明け前――― 一日の中で一番暗い時間だと思う。
昨日はアルと蒼玉宮を散策して、疲れてしまい早くに休んだ。
よく眠れた感じがしないのは、このベッドの寝心地云々ではない。 いいベッドだ。 寝具も、さすが王室御用達の品と賞賛すべき使い心地のものだ。
理由は……たぶん、アルとの会話
『今まで召喚で来た女性達は、皆 何かしらの事情を抱えていて、元の世界で生き辛い人ばかりだったんだ。 だから、カノンもそうなのかと、思い込んでいた』
頬を、思い切り張られたような気がした。
そうだ。
私には、あの世界で生き辛い事情がある。
召喚されたあの時、
私は、全てを壊してしまいたかった。
自分が逃げられない檻に閉じ込められているようで、
家も家族も、自分の未来でさえ壊してしまって
知らない場所で、新しい自分になってみたかった。
いつの間に、役割を背負わされたんだろう……
小学校に入った頃は、父親の創めた会社が軌道に乗り始めた頃で
両親とも忙しかったけど、割と楽しかったように思う。
保育園から地元の小学校に上がって
近所の子達と、毎日 公園やら友達の家とかで遊んで
成績は二の次、遊びが一番!
実に、一般的かつ庶民的、麗しの子供時代を過ごしていた。
これからも、その暮らしが続く予定でいた……
だけど、会社がどんどん大きくなって
母親は社長夫人としての付き合いが増えて
父親も事業が海外進出したりして益々忙しくなって……
一緒にいる時間は、どんどん少なくなった。
いつまでもマンション暮らしではいけないんだと、豪邸に引っ越した。
広すぎる家は、落ち着かなかった。
忙しくて私の世話も出来ないし、掃除も大変だからとお手伝いさんが来るようになった。
お嬢様と呼ばれた。
この頃からだろうか?
両親が、ありのままの私を見てくれなくなったのは。
それぞれの、『自分の娘像』の枠に当てはまる部分しか、見ない様になってしまった。
パーティーに連れて行かれるのは、慣れない豪華さが苦痛だった。
そこで出会う同じ年頃の女の子は、みんな私立の学校に通っていた。
父親が「女の子は私学の方かいいのかも」と言い出して、大喧嘩した。
無理やりの受験勉強なんて嫌だったし、お嬢様とは話しても面白いと感じたことが無かったからだ。
そんなのの集まる学校になんか、行きたくなかった。
頑張って食い下がったけど、いかんせん小学5年生。 帝王な父親に圧倒的な力量不足で負けてしまい、中学受験の勉強をさせられた。
しかも、お嬢様学校ばかりだ。
今まで、ものすご~く適当に勉強してきたのだ
無理があった。
否。 不可能。
こんな脳みそで合格ラインまで持っていくって、どんだけ、頭いい子なんですか?
凡人の脳ですよ、残念ながら。
母親にも、行きたくないし入れないって言ってはみたけど、理解してもらえなかった。
母親は、才色兼備の完璧お嬢様だ。
家が京都の名家で、それはもう 生粋のお嬢様。
それが、お父さんと恋に落ち、駆け落ちした。
それ以来、1度も実家には帰ってないらしい。
自分を中心に世界が回っている人で、彼女にとって重要なのは、自分がどう思うか。
人がどう思っているかとか、感じているかなどを、考慮する認識がそもそも無い。
そんな、母親だから、私がお嬢様らしく振舞えないのも、受験に全て落ちたのも
謎らしい。(当然なのにっ!)
私に対する愛情は、あると思うけれど 自分の与えたい愛情しか、持ち合わせていない。
それが私の母親。
父親は
母親の事を愛している。
彼女のことのみ、愛している。 信奉している。
彼の理想の女性像は、妻である彼女。
だから、娘にも母を見習えと言う。
でも、所詮中身が違うのだから、思う様にはならず 最後に飛び出すセリフは
「もういい。 お前は、黙って++していろ」だ。
もちろん、黙りもしないし、言われた事もしないけど。
容姿こそ妻似だが、性格が自分にそっくりの娘は頭痛の種らしい。
母親から見れば、頭脳明晰・容姿端麗の素敵な父親も、
私から見れば……絶対君主で独裁者だ。
確かに、創業者としてのカリスマ性があるのは感じている。
帝王オーラっていうか……社員でも信者みたいな人いるし。
でも、押さえつけられるのは我慢できない。
嫌なものは、嫌だ。
そして、更に役目を背負わされる事になった。
入学してすぐに、母親の実家から連絡があって
「長男一家が事故で亡くなり、三条家を継ぐ人がいなくなってしまった。
子供を跡取りに就ける」
というもので、諸条件を話し合った結果、三条家へ養女に出された。
住む家はそのままだけど、鈴木花音から三条花音になった。
母親は結婚を反対されたから、家を出たのであって 別に三条家を嫌っている訳ではない。
この機会に、両親と仲直り出来て とても幸せそうだった。
そんな嬉しそうな母親を見て、「お母さん、よかったね」と思う自分がいて、次ぎたくない、とは最後まで言えなかった。
由緒正しき三条家、唯一の直系で跡取り娘。
京都の三条家に連れて行かれた時は
「いやぁ。 花音ちゃん、何もでけはらへんねんなぁ。 まぁ、よろしいわ。 にこにこしといてくれはったら、何とでもなりますやろ」
(訳:まあ、いやだわ。 花音ちゃん、何もお出来にならないのですね。仕方ありませんね。 何もしなくていいですから、せめて外面だけは整えておいてくださいね。 後はこちらで対処しますから。)
などと、馬鹿にされた。
その時は、三条家に入ったことを心底後悔したが、後の祭りだ。
不出来な私のために、専用の執事兼、教育係が付く事になった。
三条家から派遣された、黒い執事、その名も黒須。
何が黒いかって……
黒髪、黒目、服装も黒ずくめもそうなんだけど、雰囲気が…オーラが黒い。 絶対悪いことを、企んでいそうな……できれば近寄りたくない人種だ。
そして実際、なんでも お見通しで、腹の中で何を考えているのか分からない、ヤな奴だ……
その頃、私は初恋の真っ最中で、家庭教師の先生が恋人でした。
公立中学に行く事の交換条件で家庭教師がついたんだけど、大学生で頭良くって、素敵で優しくて……理想の彼氏。
彼も私の事を愛してくれている。 少なくとも、私はそう思ってた。
でも、違った。
企業がらみの策略があったみたいだけど、金で雇われただけだと本人から聞いた。 チョロかったらしい。
私としては かなりショックを受けたんだけど、こうなる事も、黒須には分かっていたみたいで
「実際に経験してみないと、分からない事があります。 どんな経験も花音様の力に何れはなるでしょう。 花音様の価値は何ら傷つくことななく、むしろ、良い勉強をされた分 上がった事でしょう。」
などと宣ふのだ!
しかし、黒須の言葉とは裏腹に三条家の祖父の耳に入るや、問答無用で
名門 聖アグネス女学院高等部に入れられる事が決定した。
聖アグネス女学院は、上流階級のお嬢様のみ入学を許される、全寮制の知られざる有名校で、鈴木家の様な にわか成金は不可。
三条の名前の威光と、莫大な寄付金で入学が決定した。
それと同時に黒須は三条家に戻される事になった。
三条家の跡取り娘に虫が付くのを防がなかった責を負うことになるのだそうな。
家庭教師の彼は、行方不明らしい。 父親が激怒していたから、今頃は……
3日。
中学の卒業式まで あと、3日。
卒業式が終わったらすぐに、私は拘束される。
祖父の命で学院に送られる。
正真正銘のお嬢様として、上品かつ聡明な何処に出しても恥ずかしくない三条花音にする様、教育される日々が始まる。
そこには、気を許して笑い合える友達もいない、優美な鳥篭。
何処かへ、逃げだそうか?
ダメだ。 他に替わりがいない。
両親にも、祖父母にも 三条花音が必要なのだ。
逃げられないのだろうか?
罠だらけの、汚い世界から。
私を理解しない人たちの中から。
あと、3日で決めなくては……
黒須の情報によると、学院の警備は厳重で、侵入はおろか脱出も不可能だそうな。
「入ったら、出られないと覚悟して下さい」
そう言われた。
そんなのは嫌だと散々言ったけど、じゃあ代わりにコレをするとか具体的な目的はない。
だから意見は通らない。 駄々でしかない。 解っている。
でも、嫌なものは嫌なのだ……
逃げないけれど、逃げたい。
望みもしないのに背負わされた役割から……
その時の私は気が付いてなかったけど
私は、私でいられる場所を欲していたのだ。
それも、どうしようもないほどに。
心から笑っていられる場所を……
心の底から信じられる人を。
此処には、それがあるのだろうか?
逃げ出した先の、この世界に 私の居場所があるのだろうか?
夜明けまで、あと少し。
私は、一番暗い時間にいる。