28話 巫女 3 アルフレッド ~sideアル
召喚者として立ったのは、義務感からだった。
王子としての、国民に対する義務。
王族は生まれた時から食うに困らぬ豊かな暮らしと引き換えに、国民の命と生活を守らなければならない。有事となれば、なおさらにである。
魔道騎士団に入団して、国を守る事について考えさせられた。自分がいかに甘えた考えを持っていたか、見せ付けられるような事の連続だった。
今のアースリンドが置かれた状況を見ても、王子である自分が為すべきことを成さねば、国民に申し訳が立たない。
僕は、魔道騎士団 第2師団大隊長として、そう思っている。
今は 有事である。
150年前の大戦以来、魔道師になれるほどの魔力を持った子が 年々生まれなくなった。
原因不明のその現象は、アースリンド以外の国で著しく、他国の騎士団は魔道を伴わない技術・体力勝負の集団になり、治療法師は医者に変わった。
周辺諸国にとって、魔道立国のアースリンドは最も手に入れたい国の一つになった。
今まで小さいながら独立を貫けたのは、神を降ろせる巫女と依巫を呼べるこの世で唯一の大神殿があるから。
前の大戦で、圧倒的勝利をアースリンドにもたらした 恐ろしく不公平な神の御業を恐れて、武力を蓄えた周辺諸国も手を出してはこなかった。
今までは。
しかしここ数十年、アースリンドでも確実に魔道師の数は減少している。戦争に於いて魔道師の術が敵にあたえられるダメージは、たかが知れている。たとえ術が使えなくても、数で勝れば勝算は十分。
神が降りようとも、数で押せると踏んだのだろうか?
魔道師に頼る戦争の時代は、実質終わっている。現実を直視せず、対策が遅れたのは、頭の固い奴らの所為だ。
僕が入団して現状を知ってから、魔道騎士団以外の軍備を急がせたのだが、とても数年では間に合いそうもなく……
列強が手出し出来ないように、巫女と依巫を召喚する事になったのだ。
僕は、今こそ王族として、義務を果たさなければいけないと思った。
巫女を召喚するのは、王子と決まっていた。
戦が終わった後も、神の声を聞ける巫女の存在は有用だからだ。
その有用な巫女を、王家の一員として囲い込む為の人選だ。
僕の国民に対する想いがあったにしても、6番目の王子に大役が回ってくるのは珍しい。
今回、なぜ第6王子の僕に白羽の矢が立ったかというと、
他の王子達が逃げたから。
兄弟達の他力本願と無責任ぶりには慣れていても、驚いた。
亡き母の身分が低く後ろ盾が無くて立場が弱いから、押し付け易い だとか、
結婚も婚約もしていないし側室の一人も置いてないから、巫女の機嫌を損ねない とか、
もう運命の相手と出会っていますから、自分が召喚しても誰も来ません とか
「運任せで結婚相手が決まるのは厭だ!」と泣いて嫌がったとか……
そんなもろもろの聞きたくも無い理由は、聞かないことにして
「他の王子は魔力も足らず実力不足。召喚者は確実に成功するアルフレッドに決定した」
そうゆうことにしておいて欲しい。
そんな経緯で召喚する事になったから、別段 期待してはいなかった。
いや、正確には失望するのが怖くて、どんな女性が召喚されても受け入れようと 運命の人を夢見る事を 自ら戒めていたのかもしれない。
そして
召喚の光が消えた魔法陣に佇む少女は、僕の予想を遥かに超えて、美しかった。
彼女と初めて目が合った時、全身の血が沸騰するかと思った。
アースリンドでも特に珍しくも無い黒髪だが、彼女の髪は濡れたような艶とサラサラ流れる黒い滝の様で、こんな美しさの髪は見たことが無かった。
服装は、白い長袖の上着に濃青のスカート。黒いタイツ。黒い靴下。黒い靴。
2本の青のラインが入った三角の広い襟は胸元まで伸び、赤いリボンが締められている。
肌を晒しているのは、顔と手首から先のみと、露出も少なく 清楚と言える装いである。
最初、彼女は見知らぬ場所に驚いている風だった。
しかし、僕の姿を見つけると
黒曜石の瞳を大きく見開き、キラキラ輝かせて うっとりと僕の顔を見つめた。
うっすらと開いた唇が、艶を帯びていて妙に艶かしい。
清らかな容姿の中で、唇だけがやけに煽情的で 心を掻き回される。
そして何よりも心を掴まれたのは、僕を見つめる 真っ直ぐな瞳。
あんな風に見つめられたのは、初めてだった。
僕が名乗ると、小さな声で彼女の名前を教えてくれた。
カノン……綺麗な響きだ。
「出会えて嬉しい」と言ったら、カノンは何も言わずうつむいてしまった。
何か、気に障ることを言ってしまったのだろうかと、よく見ると、耳が赤い。
照れてる?
軽く抱き寄せると、首まで真っ赤になって……
かわいい。
なんて、可愛らしい反応をする娘なんだろう……
カノンを抱き寄せた時、ふわんと微かに花の様な果物の様ないい香りがした。
舞踏会で言い寄ってくる令嬢達のキツイ香水ではなく、さり気ない香り。
ずっと嗅いでいたい。
この髪に顔を埋めて 黒髪の滑らかな手触りと、良い香りに酔いたい。
清らかな巫女に対しての、不埒な考えを悟られないように最高の笑顔を浮かべる。
あまりの自分の幸運に、僕はシーウェルドにも いい娘が召喚されますようにと
祈りを込めてサインを送った。
彼の結果は、残念だったけど……
召喚の後、神殿の迎賓館で着替えやら、食事やら、簡単な召喚の説明やらを神官から聞いている間、カノンは俯き加減で、ほぼ無言で過ごしていた。
神官達が、とにかくよくしゃべるので、2人で話すきっかけが掴めなかった。
次の日の朝、僕が朝の挨拶に行くと
カノンは僕だけに聞こえる、とても小さい声で
「もう一人の少女はどうなりましたか?」とまるで隠すように尋ねた。
「怪我をしていたので治療して、いまは回復しましたよ。」
と僕がカノンの耳元で答えると、
「よかった。」と硬い表情のまま、囁いた。
おかしい?
昨日と反応が違うようだ。
昨日召喚の直後は、僕の言葉や仕草にに頬を赤らめていたのに。
今日のカノンは頑なな態度だ。
時折、僕をじぃっと見ているが、目が合うと軽く眉をひそめて何かを考え込んでいる様子だ。
名前すら呼んでくれない。
理由が分からない。
朝の二言からは、また無言を通し、王に謁見するために玉座の間へ移動した。
昨日の異世界の出で立ちも良かったが、巫女の装束を着て 玉座の間に立った、カノンも美しかった。
白絹で、袖と裾の長いのゆったりとした内衣を身に付け、その上から緋色の綾織りに錦の縁飾りが付いた 床まで届きそうな長い上着を重ね、赤金錦のサッシュベルトで留めてある。
腰まである黒髪と上着の緋色が絶妙なコントラストを生み出している。
真っ直ぐに切り揃えられた前髪は、彼女の顔立ちと共にエキゾチックな魅力を際立たせていた。
巫女姿のカノンは、まさに神秘的な魅力を溢れさせていた。
王太子である長兄のカノンをみる目が、いやらしくて不快だったり、
カノンが無表情で感情がまったく読めなかったりと 気に掛かる事はあったが
謁見は、滞りなく終わった。
元々、何かを話すわけでもなく、召喚が無事済んだ報告をするだけだ。
依巫が一緒で無いのが唯一の例外だろう。依巫の傷ついた姿には驚いたが、怪我を治してから送り返す事になりそうだ。子供に依巫をさせるのは、いくら国家の為とはいえ気が引ける。
シーウェルドには残念だろうが、奴なら理解するだろう。
謁見を終えたカノンと僕たち一行は、大神殿へと向かった。
巫女が依巫に神を降ろす『神の間』を案内するためだ。
カノンにとって大きな問題になる事が、待ち受けているとも知らずに……