25話 蜂蜜色の夢
魔道府、執務室へ通じる廊下を、彼が猛然と歩いている。
彼はその勢いを落とさぬまま、執務室に踏み込むと、ザッと室内を見回す。
その憤りを隠さない剣呑な顔つきに、執務室の面々は
「やばいよ!きてるよ!」「何かあったのかよ?」「うわ~コレ? 聞いてたけどオレ初めて見るよ。 シーウェルドの雷帝様? ははは、中々迫力あるねぇ」
などど、目配せしながら 係わり合いたくはないと 笑いを堪えながら顔を伏せる。
目当てが居ないと分かると、視線は執務室脇の資料室へ流れ、つかつかとドアの前まで進む。
そして観音開きのドアを、勢いよく両手で開け放ち
「ロナルド・ベックフォード!!」
雷鳴よろしく、彼は叫んだ。
「なんだよ。シーウェルド・レスコス」
名前を呼ばれたロニーこと ロナルド・ベックフォードは、資料を漁る手を止めて 物憂げに返す。
「お前、依巫召喚の候補者リストに名前載せたままにしてたって、どういうことだよ! その上、召喚者に決まったって、なんだよ!」
烈火のごとき憤りをそのままに、シーウェルドは ロニーのだらしなく、前を肌蹴ている上着をガシッと掴み引き寄せる。
ムカッ腹を立てた時の怒りのぶつけ方が、まさに落雷を容赦なく撒き散らす雷の神ようだと 王立魔道師養錬所時代に誰かが言った事から、シ-ウェルドはこっそり「雷帝」などと呼ばれたりしている。
シーウェルド本人は「お前ら頭腐ってる」とその呼び名をバカにしているが……
最近では滅多な事では見れないソレが、久しぶりに出てきたと、執務室の面々は 遠巻きにしかし 興味深々で資料室を伺っていた。
ところが当のロニーとくれば、シーウェルドの怒りなど全く気にしてない様な のんびりとした声で
「え~。 まんまだけど?」
などど、しれっと返す。
「まんまって! 俺、お前に説明したよな? お師様から聞いた事とか、自分の思った事とか、全部話したよな?」
そう言いながらシーウェルドは、掴んだ上着を揺さぶってロニーの頭ををガクガクに振り回した。
ロニーは大きな目を白黒させていたが、シーウェルドが揺らすのを止めると
「うん。 聞いた」
まっすぐにシーウェルドの目を見て答えた。
「だったら、なんで降りないんだよ!」
鼻息も荒く、シーウェルドが追及する。
すると、ロニーはにっこり甘く微笑んで
「え~。だって、ウィル 毎日楽しそうじゃん。
あの ウィルが彼女の為に、時間わざわざ作って会いに行ったり、プレゼントしたり……
僕は正直感動したなぁ~ こんなに変われるって! 運命の女ってスゴイと思うよ」
うっとりとはちみつ色の瞳を細めて、夢見るようにロニーが言った。
眉をひそめて、シーウェルドは
「そんな事じゃなくて!」
と否定しようとするも
「大切な事だよ。 ウィル」
ロニーが真顔で静かに言う。
さらに、ロニーは続けて
「僕の家の事、知ってると思うけど……」
ロニーは伯爵家の三男だ。
上に優秀な兄が二人いて、ロニーは後が次げるわけでもないので、執務室に勤めている。
執務室にいる連中は、そういう奴が多い。
もちろん、シーウェルドもその中に含まれている。
「親父が婿入りの話しを進めててさぁ~。その相手が、またヤな女なんだ。
高飛車で、気が強くて、我侭で……
そいつが何故か僕を気に入っていて…… 僕も、僕の変わりに、彼女が気に入りそうな奴を探したんだけど、見つからないんだよね~ 丁度いい身代わりが……全く」
ロニーは、はぁ~と大げさに息をついて
「んで、困ってたところへ、お前の召喚があって、ユキハちゃんに夢中のお前を見てさぁ。 いいよなぁって 思っちゃった訳。 純粋な愛ってものが欲しくなったんだ~ そんな時に、この再召喚の話だろ。 もう、運命だ!って思ったね!」
ニコニコして云う。
「それでもっ!」
困惑しながらも、シ-ウェルドは食い下がる。
ロニーはシーウェルドに反対されることは予想していたので、真面目に素直に最大の理由を述べた。
「それでも、何でも、僕は好きでもない女と結婚なんて出来ない」
ロニーは、普段滅多に見せない苦い顔をして、静かに言った。
「僕の両親を見て、ずっと思ってた。贅沢な暮らしとか、地位とか、僕は要らない。
だって、僕の稼ぎでも 贅沢しなければ普通に暮らしていけるじゃん。
僕はただ、好きな人と一緒にいたいだけなんだよ。
でも、残念ながら僕の周りには そこまで僕が思える人はいなかった」
「これでも、かなり真剣に“好きになれる相手”を探したんだよ? ウィルと違って。
で、せっかくだから、他の世界にも探索の手を広げることにしたんだ。
こんなチャンス二度とないだろうし。」
最後は、いつものロニーに戻って、舌をペロっと出しておどけて見せた。
「チャンスって…… 戦争がからんでるんだぞ。どんだけお気楽で前向き なんだよ……」
シーウェルドは、ロニーの余りの前向きさに呆れた声を上げた。
「ああ。僕は、いつも気楽で前向きさ!それが取り柄でもあるんじゃあないか!
戦争は回避するんだろ?ウィル。
じゃあ、大丈夫。問題無いさっ!ウィルも僕も幸せになれるよ!」
そう言って笑ったロニーの笑顔には、何を言っても覆さない強い決意と、幸せな未来しか信じない熱い情熱みたいなものが存在していた。
シーウェルドは、ロニーの熱が伝染して来るように感じた。
そして、自分の心配が杞憂であればいい。そうなってほしいと望んだ。
そして、自分たちの身には このまま何事も起こらず、ひょっとして みんな幸せになれるのかもしれないと、思ってしまった。自分達も大丈夫だと、思いたかったのかもしれない。
その時の彼等は これから待っている運命など、
何も、
そう、まだ何も気付いていなかった。
運命は、密かに、ゆっくりと、しかし着実に歩を進めていた。
その波に彼らが呑まれるのは、まだ少し先のことである――――――――