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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第1章
25/49

25話 蜂蜜色の夢

 

 魔道府、執務室へ通じる廊下を、彼が猛然と歩いている。


 彼はその勢いを落とさぬまま、執務室に踏み込むと、ザッと室内を見回す。

 その憤りを隠さない剣呑な顔つきに、執務室の面々は

 「やばいよ!きてるよ!」「何かあったのかよ?」「うわ~コレ? 聞いてたけどオレ初めて見るよ。 シーウェルドの雷帝(らいてい)様? ははは、中々迫力あるねぇ」

 などど、目配せしながら 係わり合いたくはないと 笑いを(こら)えながら顔を伏せる。

 

 目当てが居ないと分かると、視線は執務室脇の資料室へ流れ、つかつかとドアの前まで進む。

 そして観音開きのドアを、勢いよく両手で開け放ち


「ロナルド・ベックフォード!!」


 雷鳴(らいめい)よろしく、彼は叫んだ。


「なんだよ。シーウェルド・レスコス」

 名前を呼ばれたロニーこと ロナルド・ベックフォードは、資料を(あさ)る手を止めて 物憂(ものう)げに返す。


「お前、依巫召喚の候補者リストに名前載せたままにしてたって、どういうことだよ! その上、召喚者に決まったって、なんだよ!」

 烈火のごとき憤りをそのままに、シーウェルドは ロニーのだらしなく、前を肌蹴(はだけ)ている上着をガシッと(つか)み引き寄せる。


 ムカッ腹を立てた時の怒りのぶつけ方が、まさに落雷を容赦なく()き散らす(いかずち)の神ようだと 王立魔道師養錬所(アカデミー)時代に誰かが言った事から、シ-ウェルドはこっそり「雷帝」などと呼ばれたりしている。

 シーウェルド本人は「お前ら頭腐ってる」とその呼び名をバカにしているが……

 最近では滅多な事では見れないソレが、久しぶりに出てきたと、執務室の面々は 遠巻きにしかし 興味深々で資料室を(うかが)っていた。


 ところが当のロニーとくれば、シーウェルドの怒りなど全く気にしてない様な のんびりとした声で


「え~。 まんまだけど?」

 などど、しれっと返す。


「まんまって! 俺、お前に説明したよな? お師様から聞いた事とか、自分の思った事とか、全部話したよな?」

 そう言いながらシーウェルドは、(つか)んだ上着を()さぶってロニーの頭ををガクガクに振り回した。

 ロニーは大きな目を白黒させていたが、シーウェルドが揺らすのを止めると

「うん。 聞いた」

 まっすぐにシーウェルドの目を見て答えた。


「だったら、なんで降りないんだよ!」

 鼻息も荒く、シーウェルドが追及する。


 すると、ロニーはにっこり甘く微笑んで


「え~。だって、ウィル 毎日楽しそうじゃん。

 あの(・・) ウィルが彼女の為に、時間わざわざ作って会いに行ったり、プレゼントしたり……

 僕は正直感動したなぁ~ こんなに変われるって! 運命の(ひと)ってスゴイと思うよ」

 うっとりとはちみつ色の瞳を細めて、夢見るようにロニーが言った。


 (まゆ)をひそめて、シーウェルドは

「そんな事じゃなくて!」

 と否定しようとするも


「大切な事だよ。 ウィル」

 ロニーが真顔で静かに言う。


 さらに、ロニーは続けて

「僕の家の事、知ってると思うけど……」




 ロニーは伯爵家の三男だ。

 上に優秀な兄が二人いて、ロニーは後が次げるわけでもないので、執務室に勤めている。

 執務室にいる連中は、そういう奴が多い。

 もちろん、シーウェルドもその中に含まれている。



「親父が婿入りの話しを進めててさぁ~。その相手が、またヤな女なんだ。

 高飛車で、気が強くて、我侭(わがまま)で……

 そいつが何故か僕を気に入っていて…… 僕も、僕の変わりに、彼女が気に入りそうな奴を探したんだけど、見つからないんだよね~ 丁度いい身代わりが……全く」


 ロニーは、はぁ~と大げさに息をついて


「んで、困ってたところへ、お前の召喚があって、ユキハちゃんに夢中のお前を見てさぁ。 いいよなぁって 思っちゃった訳。 純粋な愛ってものが欲しくなったんだ~ そんな時に、この再召喚の話だろ。 もう、運命だ!って思ったね!」

 ニコニコして云う。


「それでもっ!」

 困惑しながらも、シ-ウェルドは食い下がる。


 ロニーはシーウェルドに反対されることは予想していたので、真面目に素直に最大の理由を述べた。


「それでも、何でも、僕は好きでもない女と結婚なんて出来ない」


 ロニーは、普段滅多に見せない(にが)い顔をして、静かに言った。


「僕の両親を見て、ずっと思ってた。贅沢(ぜいたく)な暮らしとか、地位とか、僕は要らない。

 だって、僕の稼ぎでも 贅沢しなければ普通に暮らしていけるじゃん。

 僕はただ、好きな人と一緒にいたいだけなんだよ。

 でも、残念ながら僕の周りには そこまで僕が思える人はいなかった」


「これでも、かなり真剣に“好きになれる相手”を探したんだよ? ウィルと違って。

 で、せっかくだから、他の世界にも探索の手を広げることにしたんだ。

 こんなチャンス二度とないだろうし。」

 最後は、いつものロニーに戻って、舌をペロっと出しておどけて見せた。


「チャンスって…… 戦争がからんでるんだぞ。どんだけお気楽で前向き なんだよ……」

 シーウェルドは、ロニーの余りの前向きさに呆れた声を上げた。


「ああ。僕は、いつも気楽で前向きさ!それが取り柄でもあるんじゃあないか!

 戦争は回避するんだろ?ウィル。

 じゃあ、大丈夫。問題無いさっ!ウィルも僕も幸せになれるよ!」


 そう言って笑ったロニーの笑顔には、何を言っても覆さない強い決意と、幸せな未来しか信じない熱い情熱みたいなものが存在していた。

 シーウェルドは、ロニーの熱が伝染して来るように感じた。

 そして、自分の心配が杞憂(きゆう)であればいい。そうなってほしいと望んだ。

 

 そして、自分たちの身には このまま何事も起こらず、ひょっとして みんな幸せになれるのかもしれないと、思ってしまった。自分達も大丈夫だと、思いたかったのかもしれない。






 その時の彼等は これから待っている運命など、

 何も、

 そう、まだ何も気付いていなかった。

 運命は、密かに、ゆっくりと、しかし着実に歩を進めていた。


 その波に彼らが呑まれるのは、まだ少し先のことである――――――――









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