24話 王子の溜息 ~sideシード
23話の続きです。
チチ……チ…… 晴れた青空を小鳥が飛ぶ。
庁舎最上階西館奥のテラスは、約1名を除いては、非常に穏やかな午後である。
キィ
テラスの扉が開いた。
うな垂れて、テラスに出てきたのは……
アルフレッド王子。
例の おうじさま だ。
俺に気づかず手すりにもたれて、両手で頭を抱えたかと思うと
「はあぁぁぁ―――――」
盛大に溜息をつきながら、背を丸めて ズルズルと座り込んだ。
柔らかそうな金髪を、豪快に掻き回して
うううう~と唸り声が聞こえそうな物騒な顔で、眉間に皺などを寄せて……
美しの王子様が台無しだな。
しかし……なんだ?
どうしたんだ?
王立魔道師養錬所では、ずっと同級生だったけど……
こんな奴、初めて見るぞ。
鬱陶しい、取り巻き連中も居ないし……
俺は、取り巻きAこと、ロイス・エッカートが大嫌いだ。
あの胸糞悪い公爵家ご嫡男様は、公爵家の権力を笠にやりたい放題しやがる。
さらにムカつくのは、雲行きが怪しくなると、王子に押し付ける事だ。
結局、王子が揉め事を、荒立てない様に収めるはめになるのだ。
第6王子のアルフレッドは位こそ高いが、成人したところで大した権力は持てない。
他国に婿入りするか、臣下に下るか……その、どちらかである。
元々小さい国のアースリンドに、王子達全てに与える領地などなく、大抵は中枢を担う役職に就いたり騎士団に入ったりする。
ちなみにアルフレッドは魔道騎士団 第2師団大隊長で階級は少佐だ。
所属する大隊は選りすぐりの精鋭揃いで、就任当初は「王子様に勤まるか!」と反発が大きかったが、有無を言わさぬ実力で、捻じ伏せた……らしい。
まあ、それだけの力量を持っていながら、取り巻き連に強く出ようとしない……
そのアルフレッドの煮え切らなさに、俺は昔から腹が立って仕方ないのだ。
などと思いを巡らしながら、無遠慮にジロジロ見ていると
向こうも俺に気が付いたようだ。
空色の瞳が見開かれる。
「 !!! 」
取り合えず、寝転がったままではなんなので
起き上がって、『よっ!』とばかり軽く片手を上げてみた。
気まずい。
しかし、沈黙は奴の方が破った。
「ウチのお姫様が、お前の依巫殿に会いたいんだって。」
唐突に切り出された話に
「はぁ? なんでだよ?」
アルフレッド達に対する学生時代の習慣で、つい 乱暴な口調で答えてしまった。
「知り合いらしい。」
「知り合い? 何処で知り合うんだよ。」
「あっちの世界で 学校の同級生だったそうだ。」
「嘘だろ。 同じ学校行ってたって云うのかよ……信じられねぇ……」
「全くもって、僕も信じられないけどね。 で、姫は依巫殿が怪我をしていたのを見ていてね、すごく心配していて……」
「ふうん。お姫様の願いを叶えるべく、王子が走り回る訳ですか~
まあ、知り合いなんだったら、ユキハは問題ないと思うけど?」
「じゃあ、蒼玉宮まで来てくれないか? 明日にでも!」
「それはまた急な……
宮殿の北側だったよな……ラズモント長官に一応話しを通しておいてくれないか? それと、ユキハには俺が付き添う。」
「それでかまわないよ。 ありがとう。じゃ、そういう事で!」
いやに晴れやかに王子がいうので、ちょっとからかってみたくなって
「お姫様のお世話は大変だな。 うまくいってないのか?」
と聞いてみた。
「ものすごく、手強いよ。やっぱり異世界の娘だからかな……思い通りには行かないよ。でも、楽しい。いろんな意味であんな娘初めてだよ。 なんだかゾクゾクするよね。」
(いやいや。俺はゾクゾクはしてないよ?)
そろそろサボってられない時間になって、俺は服の埃なんぞを払いながら立ち上がった。
「それはそうと。お前らは、どこまでも仲良しだよな……」
王子も、立ちながら 少し寂しそうにも見える複雑な表情で。ポツリと言った。
「はん? 誰と誰がだよ?」
思わず、王子の顔をまじまじと見た。
「お前と、ロナルド・ベックフォードだよ。」
俺の不躾な視線など全く気にせず、さらりと答えた。
「??ロニー? 確かに仲はいいけど……?」
「王立魔道師養錬所からの同級生で、執務室の同期で、今度は依巫の召喚者同士って……仲良すぎ。」
羨ましいよと言わんばかりの言い様だけど
ちょっと待て。
「召喚者同士って?まさか?」
まさか、まさか……
「あれ?聞いてないのか?依巫の召喚者、ロニーが選ばれたんだ。」
ガタッ
「聞いてない。俺は、聞いてないぞ!」
「ロニ―――――――――!」
そう叫びながら、俺はテラスを飛び出して走った。
「聞いてなかったのか……余計な事言っちゃったかな?」
王子の呟きは、俺の耳には届かなかった。