21話 慣れない事をすると 3 ~sideシード
通行人にぶつかられて、俺は正気に戻った。
(俺は、何をしてるんだろう?)
あんなに苦労して手に入れた菓子なのに……
ユキハの事は、部外秘だからフロリアに話すわけにはいかないんだけど
どうにか言って……
…………。
でもまあ、
フロリアのおねだりに逆らえた事など、一度もなかったんだから……
いつも、あの潤んだエメラルドの瞳で訴えられると、それが我侭であっても ついつい きいてしまうのだ。
自分にとって、フロリアは我侭で可愛い従妹なのだから。
本格的に夜の帳が降りてきて、俺は急いで庁舎1階の売店へ向かった。
ロニーが教えてくれた店は、とっくに品切れしているだろうし、知らない店に入って悩むより いつも利用する売店の方が 手っ取り早い。
(まあ、最初は売店で買う予定だったし……元に戻っただけだ)
とにかく、ユキハの顔を見に行くのが第一目的だから、と自分に言い訳をした。
胸がチリッと痛んだが、気のせいだと自分を誤魔化し、売店で菓子を適当に選び ユキハの部屋に急いだ。
ユキハの部屋にはライアも居て、丁度ユキハの早い夕食が終わったところだった。
皿が空になっている所を見れば、食欲もありそうだ。
泣いてすっきりしたのだろうか?
元気そうなユキハを見て、俺は少し心が軽くなった。
「シードさん。ご心配かけました。なんか 熱まで出しちゃって……すみませんでした。」
ユキハがペコリと頭を下げる。
「ああああ。もう大丈夫なのか?」
頭を下げた仕草が、小鳥に似ていて 思わず見とれてた……
「はい。ライアさんが ずっと看病してくれたので すっかり良くなりました。」
「そうか、それは良かった。」
「これ、大した物じゃないけど食べて。」
俺はユキハにさっき売店で買った菓子の紙袋を渡した。
「私にですか? ありがとうございます…… 開けてみても?」
俺がうなずくと、ユキハは がさごそ音をたてて袋を開けた。
「わぁ! お菓子ですか? こんなに沢山貰っていいの? ああ……いろいろある!」
ユキハが目を輝かせて菓子を並べる。
「シードさん! ありがとうございます! すごくうれしいです! おいしそう~」
ユキハは、菓子を机の上に 全部きれいに並べて眺めている。
にこにこして、包み紙の絵を見て、ちょっとニオイを嗅いだりして嬉しそうだ。
小さな花が揺れているみたいだと思った。
ユキハのはしゃぐ姿を見るのは、ものすごく楽しいことだと、俺は知った。
ニコニコしている俺と
お菓子にはしゃぐユキハを見ていたライアが
渋い顔で言ってきた。
「シーウェルド。 これ……ユキハ様へのお見舞い?」
言外に
『お見舞いに売店の菓子なんて! 沢山あればいいってもんでもないでしょ!』
と言っている……気がする……
「……いや~ まあ……食べるかな?と思って……」
ロニーに菓子店を聞くまでなら、堂々と見舞いと言えただろう。
(俺は、ちゃんと買ったんだよ。持ってこられなかっただけなんだ)
と言ってしまいたい。
「ありがとうごさいます。 ますます元気になりました! 全部食べます! 楽しみです!」
ユキハが笑顔で言ってくれる。
(ああ、ユキハはいい子だな。次は絶対、ちゃんとしたお菓子にするからな!)
と、俺は心に誓った。
ライアは、ユキハの喜ぶ姿に苦笑しながら
「ユキハ様、もう夜ですからね、一つだけにしましょうね。 後で、歯を磨きましょうね。」
そう言って、菓子の中から一つを選んでユキハに手渡した。
まるで母親のようだ。
すまないね。 虫歯になりそうな物で。
「ライアさん。これ何ですか? 豆の絵が描いてあるけど……」
手渡された袋を見て、ユキハが無邪気に尋ねる。
ユキハは、こっちの字が読めない。
チョコの外装には確かに茶色い豆の絵が描かれている。
「ユキハ様。これは『豆チョコ』です。
豆のサヤがチョコで、中に豆の形のクッキーが入っています。
豆、ユキハ様の世界にもあります?
極まれにクッキーの代わりに飴が入っている『当たり』があります。
それに当たったら、その日1日幸せに過ごると
子供達に人気の菓子ですよ。」
ライアがにっこり説明する。
「俺は当たったことないけど。」
子供の頃、兄弟には当たるのに、俺には当たらなかった。
ユキハは面白そうに「へ~~」と言いながら、豆チョコを食べ始めた。
「チョコって、名前もだけど味も、あたしの世界といっしょだ~。 不思議~。 おいしー!」
などと関心している。
昔に召喚された女達は、故郷の味を懐かしんで、色々なお菓子や料理を再現したそうだ。
子供は母親の味を受け継ぐ。
母親の影響は大きい。
だから、この世界は食生活のみならず、全ての事に於いてユキハの世界と似て当然なのだ。
豆チョコを喜んで食べるユキハに、ライアは温めたミルクを出し
自分と俺には、コーヒーを入れた。
和やかな時間が流れる。
これからの事を、ちゃんとユキハに言わないといけない。
手土産の菓子に時間を取られたが、俺は本来の目的である
今後のユキハの身の振りを伝えようと
「ユキハ。」
と声を掛けた。
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