19話 慣れない事をすると 1 ~sideシード
シーウェルドの過去
終業時間の少し前、
ライアからユキハの熱が下がったと連絡を受けた。
(遠方に出向いている時でなくて よかった)
すぐにでも遭いに行きたかったが、別れた時の泣き顔が目に焼きついて離れない。
何か、ユキハが笑顔になる事をしたかった。
女の子が喜ぶ事なんて、今までは考えたこと無かったんだが……
兄弟は多いが男ばかりで、参考にならない。
一番身近な女の子といえば従妹のフロリアになるだろうか……しかし
(あいつは、何をやっても喜ぶからな。 やはり、参考にならん。)
なにせ、ろくろく話してない、しかも異世界の女の子供が 好むものなど想像出来ない。
(そうだな、まだ子供だから菓子くらい食べるだろう。)
庁舎の売店で菓子を買って持って行くことにした。
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シーウェルドは子供の頃からよくモテた。
アースリンドの美的基準からいっても かなり美形の部類に入る顔と、魔術の才能に加え勉強も出来たせいだ。
(魔術と勉強に関しては、本人の努力に寄るところが大きいということは、恋する乙女の眼には映らないらしい)
この年になるまで、自分から言い寄ったりする必要も無く、相手から告白されて なんとなく付き合うパターンを繰り返していた。
しかしそれも「私の事が好きなら〇〇してくれても いいじゃない!」とか
「私と勉強、どっちが大事なの?!」だとか
「私の体が目的だったのね?非道い男!」などと女の方で
どんどん話が展開されていって、いつの間にやら、冷たい人の烙印を押されて別れるのが、常となってしまった。
健康な男子だから所謂大人な雰囲気になると反応するし、行為そのものはむしろ好きなので、彼女からの誘いは拒んでいなかった。
だからだろうか?
シーウェルドにしてみれば、無理やりなんてことはしなかったし、合意の上でのコトならば何の問題もないと考えたのだが……イヤだったのか?と悩むところである。
王立魔道師養錬所では魔術の勉強や、技の習得に時間を掛けたかったので、デートといわれる外出も、頻繁にはしなかった。
シーウェルドは冷たい男だなどと元彼女達が吼えたために、一旦はモテなくなったものの、
「クールでそっけない所も素敵!きっと、私だけには優しくしてくれるはず!」
などと妄想を抱く一部、いや 割と多数の者に却って人気が出てしまった。
しかしその当人としては そのそも、恋愛に執着や興味など 大して無かった。
というか、何故自分勝手な理論を振りかざして 盛り上がれるのか、理解できなかった。
シーウェルドが魔道府の登用試験に合格出来てからは、執務室の激務のお陰で、くだらない事に付き合わされて時間を無駄にするのが すっかり嫌になり、割り切った大人の遊びができる女との関係だけに留めていた。
その付けが回ってきたというべきか、シーウェルドは女の子を振り向かせるテクニックなど持ち合わせていない。
試験をすれば、さしずめ 筆記も実技も落第というところだろうか。
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ユキハを見舞う為に、いったん執務室に戻って机を軽く片付けていると
突然、何者かに後ろから羽交い絞めにされた。
「ウィ~ル~ちゃ~ん ……こんなに早く帰り支度なんて、ど~し~た~の~?」
好奇心とひやかしに満ち溢れたこの声の主に
「ロニー。 耳に息を吹きかけるのは、やめてくれ。」
俺は冷たく言い放った。
ロニーことロナルド・ベックフォードは執務室の同僚であり、王立魔道師養錬所からの友人である。
茶色のくせ毛を短く刈り込んでいるが、最近は散髪する暇がなくて伸び気味だ。
背はシーウェルドと殆ど変わらない位なので、羽交い絞めにすると自然と口が耳の位置にきてしまうのだが、ふざけるのが大好きなロニーは、毎回 俺の耳元で囁く事にしているらしい。
「え~ ダメぇ? だって面白いんだも~ん。 それより、ねぇねぇ、あの娘んトコ行くの?
熱下がったんだってねぇ~。 よかったね~ ウィル!」
俺が何度注意しても、ロニーの甘ったるいしゃべりかたは直らず、ウィルと呼ぶなと いくら言っても聞いたためしがない。
はちみつ色の目を楽しそうに細めて、無邪気な笑顔を見せられると、しかめっ面の自分がバカバカしくなって、結局いつも流してしまうのだ……
執務室に在籍する時点で、無邪気であるはずもないのに。
「情報、早いな。」
「情報は命。 常識でしょ。 しかも、話題の依巫様の情報は網張って当然でしょ?
ああ~僕も顔見たいな~。 いつ会わせてくれるの?」
「熱、下がったばっかりなんだよ。 怪我してたし。 お前みたいに騒がしいの、連れて行けるか。」
「ええ~ 騒がしくないよぅ。 でも、まあ 熱々なところをお邪魔してもいけないし、また今度にしてやるよ!」
ロニーはそう言うと、ニヤニヤ笑いながら さっさと自分の机に向かおうとしたので 俺は慌てて
「ちょっと待て、ロニー。 あの子は まだ子供だぞ! 俺を変態みたいに言うな!
俺が喚んだ以上責任があると思うから、気にしているだけだ。
今日も、ちょっと見舞いに菓子を持って行くだけだし!」
誤解は解いておかなければ! とばかりに訂正を入れる。
ロニーは首だけ振り向いて
「あ~はいはい。お見舞いに行くだけねぇ」
人の悪い笑みを浮かべている。
「君は、その子供相手に右往左往してるんだけどねぇ~」
完璧に面白がっている風だ。
「で、お菓子、何処のにした?」
当然のこと様に ロニーに聞かれた。
「ん? 何処って、1階の売店 「!! はいぃ?! おい! ありえないし!」
ロニーに叫ばれた。
執務室に残っている全員の視線が俺たちに集まる。
「ロニー!声っ 大きい!」
ロニーの口を塞いだ。
それなのに
「ウィル。 それはないよ。 可哀想だよ。
好きな女の子の見舞いの品が売店の菓子って! ありえないし!
小腹が空いて、自分で買うのとは違うんだよ! も少しマシな店で買わないと!」
ロニーはすごい勢いで まくし立てた。
好きな女の子ってなんだ。
売店は、ちゃんとした店だぞ、割と。
と、俺が反論する前に
「はいはいはい。 どうせ、店知らないでしょ?
コレは今、女の子たちで流行ってる店だからね!
何買っていいか、判んなかったら 店員におすすめのを聞くんだよ!」
そう畳み掛けて、ロニーはメモにいくつかの店の名前と、地図をサラサラっと書いて、俺に手渡した。
(子供じゃないんだから、菓子ぐらい自分で選べるさ)
と思ったが、口に出さず
「詳しいな。 よく行くのか?」
とだけ言った。
「ウィルと違って、僕はモテないから努力しないとね。」
口を尖らせてそう言うが、ロニーもなかなか整った顔をしていると思う。
ぱっちりとした目と大きめの口が印象的で、笑うときに出来る笑窪が可愛らしいと 以前付き合ってた女が褒めていた。
「はい。はい。 早く行った行った! 人気だからね。 遅くなると、売り切れちゃうよ!」
言い返せないまま ロニーに執務室から追い出された。
しかし、ユキハの喜ぶ顔が見たいわけだし、折角教えてもらった菓子が売り切れるのも困るので、俺はメモの店に急いだ。
基本的にシーウェルドは 他人の気持ちに無頓着ですね。