15話 神話
世界の設定の話です。
退屈かもしれません。
飛ばしてもらっても、さして支障はないかと思います。
「まず神話からじゃ。
大昔、女だけが掛かる熱病が流行り、大陸全土でたくさんの女たちが死んだ。
特に子供は罹りやすく女児はほとんど育たなかった。女は数を減らし、当然男共は女を巡って争うようになった。
事態は悪化の一途をたどり、戦争が起き、国土は荒れた。そして、女はすべて死んでしまった。
女がいなければ、子は生まれず男は死を待つだけになった。
男たちは神に祈り、この世界の創造の神は願いを聞き入れた。
他の世界から女を召喚出来るよう、魔方陣を授けたのじゃ。
創造の神と他の世界の神との約束で、召喚できるのは魔道師1人につき、女1人だけ。
そして魔道師は召喚した女性を命果てるまで大切にし、慈しみ、愛し続けること。
また、召喚される女の方も魔道師とは惹かれあう運命にあるらしい。運命のの相手同士が呼ばれるのじゃ。
魔道師の数だけ召喚が行われ、運命の相手とすでに死別したと思われる者以外、女は召喚され、大多数の魔道師は伴侶を得ることができた。
そして、異世界の女は熱病に罹らず、その子供たちも健康に成人した。こうして、女の数は徐々に増えていき、召喚無しで暮らせるようになった。
創造の神は力を使い果たし、5柱の神に世界を託し眠りについた」
「次は、巫女と依巫を召喚する魔方陣について。
シーウェルド、召喚の2大系統はなんじゃ?」
「えっ? ああ、戦争時に敵陣に魔獣などを送り込むための『災厄の召喚』と、創造の神から授かった『福音の召喚』です」
「そうじゃ。 そして、巫女と依巫の召喚魔方陣は当然『福音の召喚』がベースになっておる。
『災厄の召喚』じゃと害なす者が召喚されるからの。
しかし、当時天才と呼ばれ数多くの魔法書や魔方陣の傑作を残した大魔道師ゲルガーダの考えは、召喚した巫女達の力で戦況を優勢に覆そうとする王とは違った。
彼は 戦に女性を使うことにも、ましてや他の世界から無理やり連れて来て、否応無しに巻き込むことなど許されない事だという考えだった。
相当抵抗したらしいが王の命令には逆らえず、ついには魔方陣を組まざるをえなくなった。
そこで大魔道師ゲルガーダは、魔方陣に仕掛けをした。
『福音の召喚』を丸々、一見しては判らないように組み込んだのだ。
ゲルガータの日記によると(死後に発見された)彼の技量なら、条件に適した者を、神との約束の部分抜きで召喚できる陣を組めたらしい。
しかし彼は、国が召喚することを止められないのならば、
せめて召喚した魔道師本人は相手に対して、真摯に誠実に真実の愛情を持って接するべきだと、
喚ばれる人間に条件をつけて組んだ。
『巫女か依巫である』かつ『召喚する魔道師の運命の女である』
アースリンドに数多くいる魔道師の中でも、この条件をクリアできる者は少ない。
運よく喚び出せた魔道師も
自分の愛する者を贄に捧げて平静でいられる男など、今までおらんかった。
王は戦神の器として依巫を使う。
当然、戦況如何で、依巫の身体は酷い状態になってしまう。
それを解っていても差し出さなければならないのが召喚者じゃ。
また、訳あって依巫を元の世界に送り返した者も、喪失感を一生拭い去ることは出来なかったと伝わっとる。
そこまで魂ごと深く繋がった女しか喚び出されない。
まさに、身勝手な男なんぞ呪われろという、大魔道師ゲルガーダの呪詛じゃな」
「送り返された女性がいたことは知っています。どんな事情があったかは、資料に書いてなかったので、知りませんが……
その女性も召喚者と別れて、心は傷ついたのでしょうか?自分の世界に戻ったら忘れてしまえるのでしょうか?」
「さあな。
しかし、喚ばれた女は、喚ばれた時点で呪われ、傷ついておる。
お前も、もう分かるじゃろう?
ある日突然、理由も解らずに無理やり連れて来られ、
見ず知らずの者たちの為に戦に駆り出され
命を落とすものも多く、心身を壊す者はさらに多い。
人生を奪われとる。
いくら元の世界に送り返されようが 戦争に巻き込まれれば、傷つかぬはずはない」
どこか遠くを見つめて、ザンバルデアは最後の方はつぶやくように言った。
「自分か呼び出した少女を、送り返すつもりか?」
ザンバルデアは、静かに問いかける。
沈黙が降りる。
シーウェルドは、一口も飲まれないまま冷めてしまったカップを両手で包むように持ち、
濃い琥珀色の茶に視線を落として、ぽつり、ぽつり、ザンバルデアに話し始めた。
「理解しているつもりでした」
ザンバルデアの問いには答えずに、シーウェルドが続ける
「少なくとも、頭では……」
「でも、心は全く理解出来てなかったようです。お師様は、あんなに反対なさってたのに……」
「愚かな自分に腹が立ちます。
国や自分たちの勝手で彼女達の人生を壊すなんて……どうかしてる。
すぐに送り返したいのに……次の召喚の日が決まったそうです。
それまではユキハを帰せないと、長官に言われました。
その日の内にユキハを送り還せれば、あの子は元の生活に戻れたかもしれません。
でも、もう遅いそうです。
送り還しても、元の世界の彼女の居場所は無くなったらしいです。
でも、此処に居たら戦争に巻き込まれます。
まだ子供なのに……
なのに……
それなのに、俺はユキハを帰したくないと思ってしまうんです。
………… 俺は一体どうすればいいんですか?」
(おいおいおいおい。初めての気持ちに混乱おって!まあ、初心というか、なんというか……)
「ひとつ言っておくと、依巫に使われぬのなら『福音の召喚』で喚ばれてた神話の女達と同じじゃからな。ユキハはこっちの世界で生きる方が幸せと異界の神が認めた、お前の伴侶じゃ。」
「なっっっ//////! 伴侶って! まだ、子供なんですよ?!」
「子供はな、育つんじゃ。儂にとっては、お前も十分ガキじゃわい。
まあ、戻る場所がないと言うのなら、お前の元がその娘の居る場所になればいい。
戻る気も失せるほど、幸せにしてやれば問題無かろう?
神話に出てくる魔道師達は、それはそれは努力したそうじゃからな! お前も頑張れ!
大戦については、長官の言うように、抑止力として効果はあるじゃろう。
今すぐに開戦する事は、まず無いと見ておる。
儂をはじめ、情勢を見ている上の者は 開戦せぬよう動いておるしの」
ザンバルデアは机の上にある、封蝋で刻を押された数通の密書を見せながら、茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。
「じゃからして、お前も現を抜かしておらんと戦を避ける手立ての手伝いをせねばならん。ユキハや、次に召喚される依巫の娘の幸せを望むのなら、ぼ~っと手を拱いておれんぞ。
時代が変わってきておるのじゃ。
魔法の世は過ぎ、剣の時代になろうとしておる。
『神のお膝元』だの『魔道の殿堂』だのの権威など歯牙にもかけない奴らが来る。
魔法だの神頼みだのに胡坐をかいておるジジイ共に任せておっては あっという間に 我が国は取り込まれるぞ」
「は、はいっっ!お師様っっ!」
大戦を回避する・・・途方も無い話である。
しかし、それが成されなければ巫女や依巫が巻き込まれるのは必至なのである。
シーウェルドにとっては非常に個人的な理由だったが、火種を消しに奔走する日々が始まった。