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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第1章
13/49

13話 焦り ~sideシード

「怪我、治してもらって ありがとうございます。 

 とても感謝しています。


 自分の世界だったら、こんなに早く治りませんでした。死んでいたかも知れません。


 でも、私、自分の世界に帰りたいんです。 帰らなきゃいけないんです。

 明日、遅くても明後日には、帰りたいんです。お願いします。

 早く、早く私を元の世界に帰して下さい」


 目に涙をいっぱい溜めて、ユキハが一息に言った。



(やっぱり……元の世界が恋しいんだ。)

 当たり前の事を言われて、びっくりしている自分に驚いた。

 年端もいかない子どもなのだ。両親を恋しがらない訳が無い。

 いまさらながら、小さい子を泣かせている、自分に腹が立つ。


(シードとか愛称で呼ばれて、浮かれている場合ではなかった!)


 ユキハは目覚めてから、特に泣く事も無く 

 どちらかというと淡々と今の状況を受け入れている気がしていた。

 体の傷跡から(かんが)みて きっと(ひど)い環境に()かれていた子だと考えていた。

 だから、ユキハは元の世界に帰ろうとは思わないだろうと(たか)(くく)っていたのだ。


 しかし、

 なぜ明日か明後日なんだ? 

 なぜ、そんなに急ぐ? 

 理由がありそうだ。

 どう聞こうかと迷っていると


「ひょっとして、帰ることできないんですか? 帰れるんですよね?」

 と、聞くのが怖いように ユキハは恐る恐る尋ねてきた。


「帰れます! 帰れますわっ!ユキハ様!  ね。シーウェルドっ」

 ライアが慌てて言い、『帰れると言え!』とばかりに俺を睨み付けている。


「帰れるのは帰れるんだけど……ごめん。

 明日や明後日には無理かも知れない」


 俺は、正直に言った。

 評議会の決定がまだ出ていない。


「何か、早く帰らないといけない 理由があるの?」

 ユキハが抱えているものを、知りたかった。


「!!!! 無理なんですかっ?!」

 先の言葉にショックを受けたようで、ユキハの大きな目が さらに大きく見開かれた。


「あたし、明日には引越しするはずなんです。

 就職が決まって、その会社の寮に入るんです。

 明後日から仕事をするんです。


 やっと家から出て、一人で生きれるんです! 


 明後日に間に合わなかったら何処にもいく所がなくなるんです。

 もう家には帰りたくないんです!


 それに、依巫(よりまし)なんて出来ません。


 戦争なんて怖いし、敵を追い払うなんて出来ません。 

 人を殺したくありません。殺せません!!!」


 最後の方は搾り出すように、ユキハが叫んだ。

 握り締めた(こぶし)が白くなっていた。

 ユキハの切羽詰った様子に、俺は咄嗟(とっさ)に返答できなかった。



「依巫殿の答えは 私の方からさせて貰うよ」

 突然ドアが開き、ラズモント執務長官が入ってきた。

 驚く間もなく、長官が続けた。


「悪いが話は聞かせて貰ったよ。

 依巫殿には、大変な時期に喚んでしまったようで申し訳ない」

 魔道師の黒いローブを(まと)い、無表情の長官は、威圧的で

 謝罪も儀礼的なものに感じられてしまう。


 長官は間を()かず

「しかし、我々も国民の命が掛かっていて、どうしても召喚しなければならなかったのだよ。

 戦争が起これば、敵味方含めて多くの命が失われる。

 それを回避する為の、召喚だったんだ。

 いかな列強も『神の声を聞く巫女』と『神の器となる依巫』の居る国に、おいそれと手は出せない。

 君たちの存在が、戦争の抑止力になるのだ。

 君が多くの命を救うのだよ」

 ラズモント執務長官の、(よど)みの無い弁舌(べんぜつ)が冷たい水のように俺達を凍らせる。


 凍った空気の中、ユキハが気丈(きじょう)に切り出す。


「私は、依巫として使えないのでしょう? だったら、今すぐ、帰して欲しいんです」


「検討中でまだ決定してない事だよ。

 しかし、もう1度、依巫を召喚することになってね。

 それが25日後だ。その召喚で大人が来れば、子供の君は帰してあげれると思う。

 それまで、我慢して貰いたい。  以上だ」


 先ほどと比べて、少し和らいだ しかし有無を言わさぬ口調と、高圧的な長官の態度に、

 ユキハの目から涙が(こぼ)れ落ちた。


 長身でがっちりした体格で、強面の長官に、ユキハが例え口でも(かな)うはずがない。


 声も立てずに涙を流すユキハにライアが寄り添い、そっと抱きしめた。



「では、失礼させて貰うよ」

 長官は自分の用は済んだと、鷹揚(おうよう)に出て行った。

 俺は(たま)らず長官を追った。


「……長官! 今の言い方は、あんまりではありませんか?!」


「レスコス君。 あんまりとは、どういうことかね? 

 私は簡潔に事実を告げたまでの事。 なにも、いじわるを言った訳じゃない」

 

 振り向いた長官が、冷ややかに答えた。


「しかしっ! 子供にあんな言い方ないでしょう!? 

 もう少し配慮があっても……「その『配慮』をするのは君の仕事だろう? レスコス君」


 俺の言葉を遮って、長官が不機嫌に声を荒げる。


「そもそも、君がちゃんとした説明をしていれば、私が出向くこともなく静かに事が進んだはずだが? 

 私とて、子供の依巫が召喚されてしまうという、やっかいな事に苦慮してるんだ。

 今回の様に、騒がしくするようなことは極力避けて欲しいんだよ。」


 長官は軽く溜息をついて、中指で眼鏡のフレームを軽く押し上げ、

 そのまま暗いグレーの前髪を撫で上げた。


「とにかく、次の依巫が来るまで彼女には居てもらう。これは評議会の決定だ。」

 きっぱりと言い放たれた。



「!!!」



「判ったな?」



「…………はい」


 念を押されて、苦々しく了承する。

 この人が、こんな態度の時は 何を言っても(くつがえ)らない。

 長官の下に就いて 何度も経験してきた事だ。


 返事を聞いた長官は、もう振り返らずに術場(エレベーター)に消えた。


 俺は溜息をつくと、ユキハの部屋に取って返した。



 ユキハはライアによって、ベッドに寝かされて枕に顔を押し付けて泣いていた。

 声を立てない泣き方は、見ているこっちの胸が締め付けられるようだ。

 ライアはやさしく頭を撫でて「大丈夫」と繰り返している。


 何か声を掛けたかったが、何も言葉を思いつかず立ち尽くす俺に、

 ライアは「あっち行って」と手を振った。

 何も出来ない自分に、()(たま)れなくなって、部屋を出た。



 *********************************



 その日の昼、ユキハに会いに行ったがライアに会わして貰えなかった。

 まだ泣いているそうだ。

 次の日は熱が出ていると言われた……

 大丈夫だろうか?


 俺は大変な事をしてしまったのだろうか?

 俺は、どうしたらいい?

 答えが見つからない。


 それに、俺のこの気持ちはなんだろう?


 ユキハの涙を見てから、おかしい。

 心がザワザワして。落ち着かない……

 考えがまとまらない。


 こんなのは、知らない。


 この初めて抱く感情と、出せない答えへの助言を求め、「甘えている」と自嘲しつつ

 俺は師の元を訪ねた。



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