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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(15)賢者の石㉕

早い、とカレンが焦りを感じる間もなく、中央の男性が、


「では、靴の効果の方を見せていただけるか」


と再開を告げた。

カレンは頷いてのろのろとモデルの靴を脱ぎ、今作り出した銀の靴に足を入れた。

靴下が濡れる不快感を振り払いながら、内心落ち着けと唱えてその場にゆらりと立ち上がる。


「ええと、この靴は踵を3回打ち合わせて、移動先を強く念じるとその地点に移動できます」


カレンは広くない室内を見渡し何処にしようか迷っていると、中央の男性が、「移動場所はこちらで指定しよう」と遮り、


「この建物の正面玄関内まで移動していただこう。試験官がそれを見届けたら、もう1度今立っている場所に魔法を使用して戻って来るように」


と指示を出した。


「分かりました」


カレンは、声が震えないようにするのに精一杯だった。

試験官2人が室から退出していくのを目で追いながら、カレンは何度も深呼吸をした。

大丈夫だ、移動場所が指定され、しかも2回移動を求められても、きちんとできていれば、私がちゃんとこの靴をえばできるはずだ、とカレンは朝潜って来た玄関を思い浮かべる。

階はこの室の2つ下、潜ると正面に大ホールへの入り口があり、両側に階段が付いている。

正面玄関内であればどこでも良いようなので、カレンは最もイメージしやすい中央の中央へと意識を向けた。

湿って貼り付く靴下を、カレン渾身の銀の靴が包んでいる。

右の踵で密かに石床を突いてみると、湿った木とは思えない陽気な音が小さく鳴った。


(頼むね)


カレンは心の中で呼びかけて、この場に至るまでの時間を辿った。

魔法使いの淡い憧れに早々に蓋をして、ものづくり職人の道に歩を進めた。

辛い道を選んだと後悔しながらよたよたと歩き、それでもしばらくすると次に足を降ろす位置が見えて来るようになり、手を貸し声援をくれる人達も現れた。

幾年もがむしゃらに足を持ち上げて、ようやく作る物の質はそれなりに、忙しさを自覚できる注文数になって来たところで、未来は閉ざされ、この国から逃げるために、立ち止まった足元からかつての憧れを拾った。

また一からだという絶望は、家族に、培った技術に良いから走れと背中を押され、括った腹に笑われて消えてなくなった。

7か月間文字通り必死に藻掻いて、今この最後の足を踏み出すところまで来た。


「準備はよろしいかな。それでは、お願いする」


開始の合図が耳に届くとともに、カレンは靴へと丁寧に魔力を流し始めた。

魔力は既に整っている、緊張は強い集中へと変わっている。

瞼を閉じると、一度見ただけの正面玄関の中央が概念となって像を結ぶ。

右足を少し持ち上げ、左の踵に3度ぶつける。

カツ、コツ、コツ、と明るい音が室内に木霊する。


皆の手に背中から突き飛ばしてもらう心地で、カレンは息を吸い、一気呵成いっきかせいに言った。


「文化会館の正面玄関へ連れて行って!」


1歩目は風が激しく吹き、2歩目は周囲が曖昧になる、ここまでは試作の時と変わらない。


(頼む!)


3歩目は段差を降り損なった時のように、少し高さのあるところから落ちるように着地し、咄嗟のことにバランスを保てず、前のめりに膝と手も地面に突いた。

カレンは周りを見渡す。

文化会館の正面玄関の、その中央の中央、大きな臙脂色の絨毯が敷かれた上に、カレンの身体はあった。

何もないところから突然発生したカレンの姿に、数名ほどの会館利用者が驚きの声を上げた。

左の壁際に貼り付くように、試験官が2人立っていて、うち1人がカレンに近寄って来て、女性のふくよかな声で


「大丈夫かしら、立てる?怪我はない?」


とカレンに呼びかけた。

そうだ、まだ試験中だと慌てて立ち上がると、彼女は布で表情が窺えないが、笑みを含んだ声で、


「よろしい。では私達が見届けるから、試験室にお戻りなさいな」


と続けた。

カレンは頷いて、再び靴に魔力を流しながら、今度は先程までいた試験室を思い出した。

薄暗い部屋に試験官の席、竈と、カレンの鍋。

踵を3回打ち付けると、ホール状の正面玄関中に、不思議なほど高く、軽やかに音が響き渡った。

カレンは再び朗々と発声する。


「試験室の、私の大鍋の後ろに連れて行って!」


3歩目は落ちる、と身構えていたため転ばずに済んだが、降りた位置が大鍋に近すぎて、思わず触れないように手を上げて1歩後ろに下がった。


(もしかして成功、した?)


「よろしい。魔法の実践は以上ですか」


中央の男性に問われて、カレンは慌てて「以上です」と返答したところで、背後でドアが開き、先程の試験官達が息を弾ませながら戻って来た。

入れ替わりに、右端から試験官が席を立ち、箱らしきものを持ってカレンに近寄って来た。


「では、その靴を提出して下さい。こちらの箱の中に」


そうか、試験課題なのだから提出するか、とカレンが靴を取り換えながら、まさか液体がワインかどうか調べたりされないだろうかと急激に心配になった。


「あの、まだ湿っていますが」

「構いません。吟味は乾いてから行いますので」


男性の声には何を言っているのだと言いたげな響きがあり、カレンは胸を撫で下ろしつつそそくさと靴を箱の中に置いた。


「では、実践は以上ということなので、質問がある方は」

「あの、1つよろしいかしら」


玄関でカレンを審査した試験官が1人だけ手を挙げ、


「その靴は、履けば誰でも瞬間移動が可能なのかしら」


と問いを投げかけた。


「はい、でもある程度コツというか、自分で魔力を流して使うタイプの道具なので、コントロールが必要です」


カレンがそう答えると、試験官は


「そうなの。さっき玄関からここまで戻って来る時に、その靴を履きたかったわあ。3階まで上がるのは大変で大変で」


と如何にも残念そうに嘆きを響かせ、それまで厳めしい雰囲気を保っていた試験官達が一斉に笑った。

カレンも釣られて笑ったが、実は、履いてきたモデル靴が、靴下の湿りを吸って濡れていく不快感と、替えの靴下も靴も持って来なかったことにたった今気が付いて、そわそわとし始めていた。

成功した実感が湧いて来たのは、文化会館を去ってからだった。


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