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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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92/94

(15)賢者の石㉔

11/12 脱字修正しました。

係員に開けてもらったドアから試験室に入ると、室内はカーテンが引かれていて薄暗く、中央に鍋をかけられる簡易の竈が配され、その奥に5人の試験官がこちらを向いて一列に座っている。

試験官は誰が務めているのかは非公開とされており、5人とも布を垂らした帽子を被っていたが、魔法使いや、学術・研究機関に属する者が選ばれていることは暗黙の了解になっていた。

カレンが氏名を述べて頭を下げると、中央の1人が落ち着いた男性の声で、「本日はどんな魔法を披露されるのか」と問いを発した。


「はい、ものづくり魔法を行います」

「なるほど。何を製作しますか」

「銀の靴、履くと瞬間移動が可能になる靴です」

「ほう」


陪席の何人かがメモを取り始め、中央の男性が、「それでは始めていただけるかな。こちらからの質問は後で纏めて行うゆえ」と言い、左端の1人がカレンより年上だと思われる女性の声で、制限時間は質疑を含めて30分であることを宣言した。

カレンは軽く頭を下げて、7か月間の集大成に着手した。

と言っても、今までのものづくりと何ら異なることはない。

大鍋を火にかけ、中に液体を注ぎ、革と木片とを落とし、封筒から取り出した『概念の型』をその上に乗せて、かきまぜ棒で押し込む。

薄暗い中、鍋の上部にだけ小さな光の粒子が漂い始め、カレンはその光を頼りに、『概念の型』の紙が見えなくなり、全てが液に浸ったことを目を凝らして確かめると、かきまぜ棒を鍋に立てた。

パチパチと火の爆ぜる音の陰で、全身が心臓のように鳴っている。


(これで最後だと思え)


息を深く吸い、集中力をかきまぜ棒を通じて鍋に流すように意識しながら、詠唱を開いた。


"A was an apple-pie,"


棒を回す。

一混ぜに合わせて、緩やかに光が回る。

魔法は集中力だ、この魔法を成功させてくれる唯一無二の支援は自分の集中力だ。


B bit it,

C cut it,

D dealt it,

E eat it,

F fought for it,

G got it,

H had it,

I inspected it,

J jumped for it,

K kept it,

L longed for it,

M mourned for it,

N nodded at it,

O opened it,

P peeped in it,

Q quartered it,

R ran for it,

S stole it,

T took it,

U upset it,

V viewed it,

W wanted it,


鍋から昇る光は今は銀、底光りのする涼し気な銀に色づいている。


"X, Y, Z, and ampersand"


(これで最後だと思え!)


最後の一節は、いつもいつでも緊張するものだった。

気負いは雑念になって失敗を招く、しかし今日は強度の集中が、気負いから雑念を遠ざけて逆に力となった。

カレンは再度息を吸い、


"All wished for a piece in hand."


と棒を抜き取った。

液の中では、1足の銀の靴が静かに渦に身を委ねている。

それを確かめたカレンは、すぐさま持参したボウルを手に取り、もう一度鍋にかきまぜ棒を差すと、靴を先端に引っ掛けて片方ずつボウルに取り出した。

実技は時間制限がある、試作時は冷めてかつ乾いてから履けば良かったが、今日はそういうわけにはいかない、かといって冷めるのはすぐだが乾かし切るのは不可能なため、できる限り水分、実際は水ではないが、を拭き取るしかない。

持ち込んだ厚手のタオルと新聞紙とで靴を包みながら、カレンは試験官に「10分ほどお時間を頂戴したいのですが」と申し出た。


「5分で足りますか、靴を乾かすのだろうが」

「はい、でも時間内に完全に乾かすことはできないので、滴らないところで止めたいと思います」


カレンの答えを聞いた中央の男性は、陪席と頷き合ってから、


「では、その間質問の時間としてよろしいか」


と告げた。

カレンが頷くと、中央の男性が主導しながら質問が始まった。

曰く、


課題にその靴を選んだ理由は

今使った魔法の仕組みは

魔法に鍋を使うことになった経緯は

その呪文を用いることになった経緯は

鍋に入れていたものは何か

『概念の型』とは何か

『概念の型』に書いた内容は

このような魔法のかけ方を会得した経緯は


などという項目について、カレンはタオル越しに革を押すようにしながら、それぞれに答えていった。

「鍋に入れた液体は何ですか」という問いに対しては、質問を発した試験官と目を合わせるつもりで顔を上げ、「白ワインです」と答えた。


「白ワインですか。何故白ワインを」

「普段から使っていますが、今回もテストした時成功率が最も高かったので使用しました。アルコールは飛ばしてあります」


職人組合への申告内容が、もし試験官の手元にあるとすると今までの努力が水の泡だと思い同じ答えをしたが、手元に資料は持っていたのかいなかったのかは判然としないまま、質問者はなるほど、とあっさり引き下がった。


カレンは答えながらも、頭の中では次の関門のことでいっぱいだった。

靴自体の仕上がりは見た目と、触れた感触では成功しているように思われたが、発揮する効果の方はどうだろうか、正確な位置に移動できるだろうか。

それには、この後履いたカレンが靴に流す魔法も影響を与える。

これが客に提供するものなら、履いた者に精密さを要求する時点で失敗だったが、軽く魔法を流せば使えるまでの調整はできなかった。


(お願い、成功していて)


カレンが祈るうち、左端の、カレンと年齢的に変わらないだろうと思われる女性が、「10分経過しました」と手元の懐中時計を見ながら発した。


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