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(3)天の羽衣①

カレンは開館時間から図書館に缶詰めになり、分厚い辞書を使いながら、届いた依頼文の解読にかかっていた。

少しごわごわする白い紙を2枚開いてやっと出て来た手紙は、縦書きに、見慣れない非常に太いペンと濃いインクで、アルファベットではない謎の文字が、1文字ずつ切れ切れに綴られていた。

依頼文と分かったのは、紙の表書きと宛名であるカレンの姓名はこの国の公用語で、たどたどしくない続け字で書かれているからであった。


こちらの字が書けるなら、本文もこっちの言葉で書いて欲しいんだけどな。


どうしてこうなった、とカレンは紙面を睨みながら思わず虚空に文句を放ったが、もちろんその相手が目の前にいるでもなく、状況も進展しない。

こういう時は図書館しかない、ということで、司書に相談してどこの国の言葉か目星を付けてもらい、蔵書の辞書を何冊か開いてみて、やっと遥か東方の国の文字だと特定できた。

そこからその辞書を閲覧テーブルで広げ、ページをあちこち捲って、手紙上の文字と見比べながら、何とかして意味を拾おうと試みた。

役場にある、正午を知らせる鐘が鳴り響くと同時に、カレンは辞書が自分の所有物ではないのも忘れ、バタンと勢い良く閉じた。


読める、はずが、ないわ。


文字すら初めて見る言語を、たとえ辞書上で何文字かを発見できても、意味など分かるはずがない。

辞書を元の棚に戻すと、カレンは司書に礼を言ってつかつかと図書館を出て、まっすぐ家へと戻った。

そしてクリーム色の便箋に、この国の公用語で、『全て当方の国語で書いていただき、再度お送りください 敬具』とだけ書いて封筒に入れ、届いた依頼文も折って捻じ込み、封蝋が飛んでくるのが半分しか間に合わないフライングでスタンプを押し付け、歪な半月になった蝋がまだ柔らかいうちに家を飛び出し、郵便の窓口に勢いのままに叩き付けた。

仰け反る局員を見て、初めて興奮し過ぎていた自分に気が付き、慌てて態度を改めて、すみませんお願いします、と社交的に発送を依頼した。

遠隔地郵便を示す鮮やかな青い切手が貼られたのを見届け、再び家路に付いたカレンは、もはや暗号だった依頼文を忘却の彼方に追いやったのだった。



10日後に、カレンの要求に応じてカレンが読める文字で綴られた手紙が送られてきた。

今度は封筒に入れられ、封蝋の代わりに、この前の謎の文字を意匠的に崩した印が押されている。

内容は、依頼にも関わらずカレンの母国語に合わせる配慮がなかったことを詫び、我が国での最上級の礼を持って手紙を書いたところあのようになってしまったこと、悪意によるものではないため御容赦願いたく、貴殿が卓越した技能者だと風の噂に聞き、藁にも縋る思いで依頼をお送りした。

何卒我らの願いをお聞き届けいただき、依頼内容を実現していただきたく云々。


天女の国は、礼儀作法は優れているようだが、あまり実務的ではないらしい。

良く言えばおっとりしている、有り体に言えば現実離れしている。

その風は、この国の人間が普通は漢字という文字が読めないことを、まず教えてあげて欲しかったと、カレンは項垂れた。

この国は遥か東方の、他国とは切り離された相当な高地にあるらしい、と聞いたことがあるが、そもそもカレン・アスターという名前やアドレスの綴りが漢字でない時点で気が付くものではないか、というのが本音ではあった。


依頼は個人が寄越したのではなく、国の服飾部門を司る一組織が発したものだった。

弁明を含めた長い前振りと、何故彼女らが依頼品を欲しているのかという滔々とした状況説明に挟まれて、肝心の依頼は肩身が狭そうに一行差し込まれていた。


『天の羽衣を作っていただきたく』


先般のお菓子の家の魔女に勝っているところは、手紙の中に、天の羽衣はどういうものかが書き添えられていたことだった。

典雅だの何だのと形容が数多く連ねてあったが、要するに身に纏うと空が飛べる布製品ということらしい。

どういうものかというイメージが湧いてこないが、要求の趣意は理解できたカレンは、少し悩んだ。

布で無理難題を要求して来る客が後を絶たず、ここしばらく布関係の話を持ち出される都度警戒していたところだったが、この手紙の主は作り方については何も書いていないし、布を送って来てもいない。

ならば、手数はかかるが引き受けてもトラブルにはならない。

東の国の匂いがする仕事を通じて、知識と想像力を広げる機会にもなる。

カレンは依頼を請けることにし、便箋にその旨と、イメージの絵図があれば見せて欲しいと書いて、差出人に送った。

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