(15)賢者の石⑲
カレンは結局、家族の忠告に従って、仕事は続けることにした。
もちろん数は減らし、依頼は選ばず届いた順に受理、勉強と生活とに使う時間を確保できなくなった時点で意を決して断りを入れた。
本当は、引き受けるが時間がかかると保留しておくのが一番良いのだろうが、そうやってストックになった依頼を繰り延べていくと、いつになったら品物ができあがるのか不安定で客も困るだろうし、試験に通過した段階で未達成の依頼が残ってしまう恐れもあった。
客から食い下がられたら嫌だなと思っていたが、そういうケースはほとんど発生せず、安心の反面寂しさも感じた。
職人組合には、ここしばらく依頼が立て込んで生活に支障が出ていることにして、組合経由での依頼は全て断る旨を申し伝えた。
首都のオリバーには、散々迷ったが、不誠実なのは承知の上で、理由は明かさずに依頼はもう流さないでもらいたい旨を丁寧に書いた。
ただ、彼のいつもの書き方を真似して、諸事情により、とだけ書き添えた。
くれぐれも注意を、と知らせてくれたオリバーなら、のっぴきならない雰囲気は感じ取ってくれるだろうと期待する一方で、もし不明瞭で思わせぶりと感情を損ねてしまったらどうしようかと落ち着かなかったが、すぐに届いた折り返しの手紙から、オリバーは状況を理解してくれたことが分かった。
手紙は、将来有望な職人がフェードアウトするのは非常に遺憾だが、と前置いて、全ては時勢の成り行きであり、再び機会が巡って来た時のために、研鑽をし続けることを期待している、と簡潔に締め括ってあった。
いつも通りあっさりとした物言いに、カレンは便箋を手にしたまま俯いた。
この手紙は、オリバーとの最後の遣り取りになる可能性は大いにあった。
オリバーの言う通り、国が賢者の石を諦めれば、見かけ上は状況が変化するだろうが、一旦今回のような無体を学習した国は、目的が正しければどんな手段でも許されるべきという定理を振り翳し、次の政策を打つ時にまた同じ、あるいはさらに進化させた不合理を用いて来るだろう。
一度踏み越えられたラインは、二度と制限として機能しない。
カレンがこの国でものづくりを再開する道は、もう拓かれないと思っておくべきだった。
仕事に関わりなく、近況を問う手紙を出しても迷惑はかからないだろうか、カレンは漠然とした物思いを、便箋とともにオリバーからの封筒に片づけた。
辞めると実務感覚を忘れるという、両親の指摘は正しかったかも、とカレンは注文品のイメージ作りをしながら感じていた。
筆記の勉強は、とにかく知識を詰め込むことが対策であって、図書館から魔法に関する書籍を借りられるだけ借りてひたすら読み、また過去の問題集にも書き写して片っ端から解いた。
筆記では、魔法を含めた歴史、この国のものはもちろん他国の歴史も多く問われる。
それから魔法そのものの知識、学校で教わる基本事項から、魔法をかけるに当たり許されていること、禁じられていること、魔法使いの資格について制度も勉強する必要があった。
勉強量は多いが変化のない非常に地味な作業であり、知識の詰め込みで湯気を立てている頭には、仕事に思考を逃がすことでクールダウンの役に立った。
カレン独りでは思い浮かばないような注文に、暗記一辺倒になっている頭は刺激を受けられて和らいだし、鍋をかきまぜる際の集中は、文字を追っている間のものとは性質が異なっていて、紙上の勉強だけでは徐々に勘を忘れていただろうと思われた。
一方で、仕事の方にあまりのめり込むのは本末転倒なので、バランス取りに最初は大分気を遣ったが、ちょうど良いところを見出すと、生活のリズムはすぐに整った。
元々、徹夜も辞さないタイプであったため、勉強か仕事かで真夜中に差し掛かっても、身体はきついが精神的に苦痛ということはなく、むしろ7か月しかないと思うと時間を最大限確保しなければならなかった。
しかし徹夜はしばしば専ら母、時々妹によって阻止された。
7か月もずっと睡眠を削る生活をしていては試験に受かるどころではない、そう言ってポルトカリから定期的にやって来て、カレンにきちんとした食事を取らせ、ベッドに追いやって寝かせ、掃除洗濯と作り置きをして帰って行く。
大変だから遠慮すると言っても、2人とも趣味だからと言って意に介さない。
感謝はしながらも自分のペースを乱されるので若干ありがた迷惑であり、「遠いしそんなに来てくれなくていいよ」と言うと、逆にローズからはちゃんと寝ないと受からないよ、と小言を叩き返される始末で、最終的には降参した。




