(15)賢者の石⑱
その後、夕食時になって、ローズが予定よりも大分早く帰宅してきた。
「姉が帰って来るので早上がりさせてください、ってゴリ押しして来た」と事もなげに言う様子は、早上がりし慣れているのではと推測ができた。
「それで、相談って何だったの?とうとう魔法使いになるの?」
と図星を突かれてカレンは非常に驚いた。
願望を口に出したのは今日が初めてなはずなのに、と混乱するカレンの顔の前で、ローズは
「お姉ちゃんの妹を何年やってると思ってるの。わざわざ帰って来て相談するなんて、結婚か魔法使いしかないじゃない。お姉ちゃん結婚はないから一択だよ」
と人差し指を演技めかして振り、父は同調して笑い出し、母は「結婚で良かったんだけど」と眉を下げた。
4人で食卓を囲むと、皆それぞれ外見は変わっていても、10数年前に巻き戻ったような空気が自然と訪れた。
話題は、久しぶりの会話なこともあり、皆が思い浮かぶままに転々とした。
皆酒を嗜める年齢になったことも、各自の舌を滑らかにした。
カレンは求められて、家を出てからの生活状況や、今まで手がけたものづくりについて話をした。
守秘義務が一応頭にあり、誰の依頼かはもちろん伏せたものの、家族相手という気安さに義務を少し緩めて、カレンが施した魔法の内容を中心に話をした。
幸いなことに家族は、酒なのか、話題がまだまだ数多く待ち受けているせいなのか、世の中には風変わりなものを頼む人がいるもんだ、という程度で、次の話に移っていった。
それからカレンは、妹向けに今回の事態をもう一度説明すると、それを聞いたローズは不合理さに一頻り腹を立てた後で、「それで、賢者の石って作れそうなの」とすとんと質問を転がした。
「分からないなあ、国がいくら鼻息荒くしても、伝説になるくらいのものが今になって成功するとはとても思えないんだよね」
「そうじゃなくて、お姉ちゃんが作れそうかどうかだよ。あの瓶に入ってた液体の材料一緒なんでしょ」
カレンは椅子の背もたれから背中を離して、戸惑いながら「一緒って言っても、元が伝説みたいな内容だよ」と妹を見た。
「そういう説があるっていう記述があるだけで、本当に同じ材料かどうかは確実じゃないよ」
「でもさあ、同じ材料だって気づいてまずいって思ったから慌てたんでしょ。もしかしたらできちゃうかもってちょっとは思ったんじゃないの」
カレンは、酔いが回っている頭の中に、この斬新なアイディアを緩慢に流してみた。
言われてみれば、少しは頭を過った、かもしれない。
液体の材料が賢者の石と同じで、精製するのに錬金術に関係する言葉を唱えている、それらを持ってカレンは、火のない所に煙は立たないと焦ったのだ。
しかし、ものづくりの職業勘は、この2点だけで賢者の石が精製できるという結果を弾き出さなかった。
材料はカレンが真似しただけで、呪文の方は元々言葉には魔法をかける力がない、それで賢者の石がぽんと完成しまうなどという事象は奇跡に属する。
そして奇跡とは、ものづくりにおいてはまず起こらない。
「いや、それはないなあ。同じ材料を使って液体はできちゃってるから、もしかするとって疑われる可能性は高いとは思ってたけど」
「ほらあ、やっぱり」
「でも今実際にできてるのは石じゃなくて液体だし、魔法をかけてる時に金ができちゃったことはないし」
「そりゃそうでしょ、賢者の石は石だもん、固体にしてからじゃないと効果ないんだよきっと」
ローズはくるくるとグラスの中のワインを回し、「あの液体、蒸発させてみたら固体が残ったりするんじゃない」と興味深そうに酒豪の目を向けた。
すかさず母が、「いや、止めておきなさい。ダメダメ、絶対ダメ」とワインの呼吸を吐いた。
「蒸発だけじゃないぞ、他の実験もしない方がいい。万が一作れてしまったら逃げ道がなくなる」と父の忠告もある。
カレンも、もちろんそのつもりはなかった。
第一、仕事と魔法使いのための勉強とどうやって両立するか頭を悩ませる段階にあるのに、賢者の石など考えている暇はないし、カレン自身は賢者の石は自分の立場を危うくするオーパーツとして爪弾きにしたい代物だった。
ローズは父に対してそうだよね、と理解を示しながら、
「でもさあ、錬金術が使える魔法使いって良くない?響きが最強だし最高じゃん」
と家族を見渡した。
すると、「そうねえ、こんな状況じゃなければ良かったんだけどねえ」と母が溜め息混じりに同意を示す。
「アスター家から魔法使いが出た!しかも錬金術も使えるんです!って言えたらねえ」
「うちのお姉ちゃん、賢者の石自作するんです、金作り放題なんです、って言いたいよねえ」
同じ憧憬に心を寄せる母と次女とに、父が、何を言っているんだと呆れ混じりに笑い、カレンは苦笑した。
ローズが、カレンのグラスにワインを注ぎ足しながら小首を傾げる。
「ねえお姉ちゃん、最速で魔法使いになってよね。そしたらきっと布魔法も夢じゃなくなるよ」
幼い頃から全く変わっていないその強請り方は非常に彼女らしく、しかも家族は皆見慣れて効かなくなっている手段であって、カレンは注ぎ返しながら、「あんたは結局それかい」と突いたところ、向かい側に座る父母が声を上げて笑った。




