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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(15)賢者の石⑫

辞めなければならないのか、とカレンは肩を落とした。

ここまで時間をかけて何とか頑張って来て、ようやくそれなりの仕事ができるようになって来たと感じていたのに、それを捨てるのは今までの人生が全て無に帰す思いだった。

それに、今更別な仕事を探すことへの抵抗感も重く圧し掛かった。

何の仕事があるのか知らなければという意欲も湧いて来ない。

また、カレンは学校を出てからずっと個人事業主としてやって来て、誰かの下で働いたことはない。

今までは仕事の進め方も悩みも、作業のペース配分もカレン独りだけのものだったのが、誰かに雇われれば1つの仕事を他人と協力しながらこなすことになるだろうが、今更そんな環境に馴染める自信もあまりなかった。

だからといって、働かないで生きていくことなどできない。

カレンは健康だった、もう若くない健康な女は働かなければならない。

そんなことは百も承知だ、その上でどうするのかという話だ、カレンはテーブルに手を突いて考えた。

『概念の型』を作るため、イメージを膨らませようと頭の中を掻き回す時よりもずっと深刻で、かつ時間制限のある問題だった。


追い詰められた心では、全く新しい画期的なアイデイアを思い付くことはできない。

そういう場合、人は今までに手の中で育んだことのあるものを掬い上げようとする。


(魔法使いにならないの)


カレンは、失敗策の頭巾を被った時の嘲りを記憶の中に聞いた。

そうだ、魔法使い。

干からびていた血管に血が押し寄せるような心地がして、カレンは思わず体を椅子に落とした。


魔法使いから逃げ回る理由が消え、目指さなければならない事情が現れた。

魔法使いになれば、国外へと逃れる道が開ける。

ただ、そのひらめきの後ろには、何枚もの巨壁が控えていた。

そもそも、なろうと思っても簡単になれるものではなく、筆記と実技の試験を通過するために、目指す者は皆寸暇を惜しんで勉強をする。

仕事の片手間の勉強でとても足りるものではなく、職人を今すぐ廃業する覚悟が必要だ。

しかも努力の量は、国内最難関の試験の1つとされているそれに受かる保証はしてくれない。

通過するまでの生活費はどう賄うのか。

蓄えは多少はできているが、試験は1年に1回、次回は7か月後であり、そこまではとても持たない。

また国は、国外にいる魔法使いに対し、錬金術の研究支援を呼びかけ始めているという。

それに応じて帰国する者は今のところいないようだったが、もしこの状況が続けば、新しく魔法使いになった者の出国制限という非情な手を打つことも、今までの国のやり方からするとあり得ない話ではない。

もしそうなれば、魔法使いを目指す意味が消える、そうなる前にカレンは魔法使いにならなければならない。


とにかく時間がないという焦りが思考を虫食いにする。

躊躇する心を捨て、生活の全てを魔法使いに向けなければもう間に合わない。

仕事は、もう引き受けてしまっているものは当然完成させる。

新しい仕事はもう断ろう、断るしかない。

そして試験の対策だけに集中する。

実技は、ものづくり魔法を使うカレンが、試験官に何を見せるかも自力で考えなければならない。

合格までの生活は、とカレンは唇を噛んだが、両親に助力を請う以外の手段を思いつかなかった。

成人し家を出て自立した娘を、再び養わせるという迷惑をかけるのは嫌でたまらなかったが、どんなに恥ずかしく申し訳なく思っても、もう腹を括るしかなかった。

いずれ虚偽申告が発覚して、娘がどういう形かで"拘束"されれば、その不名誉が伝わり肩身の狭い思いをさせることになる。


正直に言わないから、考えなしだと怒られるだろうか。

だからって今更魔法使い、と呆れられるだろうか。


何を言われても頭を下げるしかないと思いそのつもりでいるが、それでも自分の心が乱れることと、両親や妹の日常に異物を差し込むことになるのが嫌で仕方なかった。

母は体調を崩した時に来てはくれたが、カレンが体調不良なこともあってろくに話をしなかったし、父の顔はしばらく見てもいない。

カレンは作業部屋へ引き上げ、相談したいことがあるから至急帰郷したい旨を便箋に綴り始めた。

不安がカレンを上の空にし、作った液体は瓶に移されずにそのまま放置されていた。


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