(15)賢者の石⑩
大鍋に注ぐ液体は、カレンが職人としての仕事を始めた当初からずっと同じとして存在していた。
頭の中でいろいろとイメージを膨らましたり転がしたりするのが小さい頃から好きで、もし魔法で想像を現実の形にできたら楽しいだろうな、と思ったことが職人を志した最初であった。
志の次に、想像を現実の形にする方法を具体的に模索した。
想像は次第に消えていき、あるいは上書きされて移ろってしまうので、まず紙に書き出してみた。
初めて形になった頭の中身はただの断片で、悩みながらたどたどしく言葉を整えた。
魔法のかけ方の種類は、教科書に載っているものは学校で皆試させられたがしっくり来ず、深い考えのないまま昔絵本に描いてあったのが気になる、と鍋を使うものだと決め打ちしていた。
ただ、自分が書き出したイメージをどうやって紙の中から飛び出させるかという難問には、相当に時間がかかった。
鍋で魔法をかけるなら煮る以外に方法はないと思っていたのでその点は簡単だったが、何で煮ればイメージが形を取って世界に現れるのかは一から考えなければならない。
カレンは、その時は実家の台所で、水でも白ワインでもそれこそミルクでも、液体という液体を試した。
途中から、謎の液体を煮るなと叱られて庭に竈を作り実験を繰り返した。
失敗が続き、得意を魔法にしたかったのにと燻っていた時、歴史の授業でほんの少しだけ言及があった物質に目が止まった。
それが、今思い返せば賢者の石であった。
カレンは別に石はお呼びでなかったので興味は湧かず、ただ伝承だとしても、偉大な魔法具の原料と同じものを使っておけばうまく行くんじゃないかと簡単な気持ちで飛び付いた。
とりあえず、両親に頼み込んで、塩はともかく水銀と硫黄は少量ずつ揃えてみたが、これをそのまま鍋に入れても煮るには至らないことに気が付いて、カレンはまた迷宮に入った。
とりあえず、この3つをどうにかして融合させるのが一歩目、その上で狙った効果を持つようになるのが二歩目、一歩が非常に長大な上に、誤った方向に進んでいる可能性もあって、あの時はやりがいがあって燃えていたけど、本当に苦労したな、とカレンは思い出しながら、今はもう独り暮らしの台所で、テーブル上の大きなボウルの前に立った。
睡眠時間を割いて没頭してしまう癖は、各自にこれの副産物だった、とボウルの中に入れた水銀、硫黄と塩を見下ろす。
このばらばらの材料が、魔法をかけるための補助液に"変化"する方法を見つけたのもまた偶然だった。
偶然を呼んで来たは、今度は教科書ではなく、家にあった、錬金術の方法を刻んだ石板を巡る物語を綴った児童書だった。
水銀と硫黄と塩は賢者の石から借りて来た、賢者の石は錬金術を行う道具で、その方法が書いてある石板なら何かヒントが見つかるのでは、と幼い頃に1度読んだきりだった本を引っ張り出すと、物語はもちろん架空だが、石板の記述はきちんとした文献に残っているものだという注意書きを見つけて期待が高まった。
それで隅から隅まで舐めるようにして読んだものの、石板の文言はまだ学生のカレンにとって難解すぎて意味が理解できないし、登場人物は誰もその解説をしてくれていない。
分からないよまるで呪文だよ、とカレンは一度本を放り投げ、すぐにもそもそと回収した。
とにかく石板が錬金術を示しているなら、何も行動を起こさないで素通りするのは可能性を潰す気がした。
とりあえず、呪文だという感想は持ったから、唱えてみればいいんじゃないかと半ば自棄になった当時のカレンは、あの時はまだボウルではなくバケツの前に座り、箱馬を持って来てその上に児童書を開いて置く。
言葉自体に魔法をかける効果はなく、あくまで集中力を高める補助的機能と考えること。
授業でそう習ったので一応その心づもりをしたが、とはいえ錬金術の秘密についての文章なのだから補助だけというのはケチだ、と効果があることを信じてバケツの縁に手をかけ、児童書を凝視しながら読み上げを始めた。
しかし、読み終えても1度目は何も起こらなかった。
石板の文章は長く、かつ言葉が難しい。
また、間違えずに読むこと自体ハードルが高い上、読み上げる方に気を取られてバケツではなく紙面に集中力が取られてしまう。
試しにもう1周しても状況に変わりはなく、バケツの中は材料を寄せ集めたそのままだった。
失敗という段階にすら辿り着いていないのに気づいた年若いカレンはがっかりした。
滞りなく暗唱できるようになるまで特訓するしかないだろうか、その時のカレンには、ちょっと楽をしたいという出来心が生じた。
(でも、呪文が集中力を高める手段なら、全文を読まなくてもいいんじゃないのかな)
先程は効果が云々と偉そうに考えていたのを早々に鞍替えし、身を乗り出してどの文章なら良さそうか品定めした。
この試みで失敗すれば結局全文暗記が待っている、それは嫌だと真剣に、読み上げやすく、何とか覚えられそうで、内容が理解できて、気持ちを込めやすそうな文章はどれかと1行ずつ追った。
何度も舌の上で転がしてみて吟味し、これならと良いと決めた1行を、カレンは今でも使い続けている。




