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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(15)賢者の石⑨

「確認は鍋の作業だけということなので、さっそく始めていいでしょうか」


カレンが火の準備をしながら尋ねると、ミス・アクロイドは調理台の大鍋を見て、「わあ、鍋で魔法かける方初めてです」と物見遊山のように声を弾ませた。

職務に徹していると見えたミスター・トールマンも、「本当に鍋なんですね」と制帽のつばに指をかけて大鍋を凝視している。

他に鍋を使っている職人を最近は滅多に聞かないので、確かに珍しいのかもしれないが、カレンにとっては慣れた日常であり、また鍋に驚かれる経験はもう慣れていたので、小枝に火を着けて薪の下に押し込んだ。


「ええと、とりあえず今日は、この前の収穫祭で出品した、振ると飴が出て来る小槌を作ります」


カレンがテーブルの上の小槌を1つ無造作に振って、手のひらに飴を出してみせると、感心と驚きがそれぞれ漏れた。


「このコヅチというものは、カレンさんのオリジナルですか?」

「いえ、元々は南の方の縁起物だったそうです。似たようなもので、中が空洞になっているものを、木材加工の普通の職人さんに作ってもらいました」


見られても支障がなく、魔法をかけたものとかけていないもの双方が偶然残っていた小槌が残っていて良かったと、カレンは今度はポケットから折り畳んだ紙を取り出した。


「あ、それが『概念の型』ですか?」


ミス・アクロイドが書類と見比べながら仕事を始める。


「ええそうです」

「あの、拝見してもいいでしょう」


カレンはどうぞ、と紙を手渡した。

打ち出の小槌は、振ると中身が転移するだけという、カレンのものづくりの中では簡単な技巧で済むものだったので、『概念の型』も専ら遊び心で軽く短く、


・振ると中身が小槌の外に転移する

・振る者に福を招く宝の道具

・意匠はツリーとトナカイにて、クリスマスの朝に靴下の中にプレゼントを見つける心地と通い合う


とあっさり書いていた。

かなり適当に済ませた自覚があったが、鍋の際にいつもより集中力を注ぎ込み、結局成功したので

ミス・アクロイド、ミスタートールマンと回り、手元に返って来た紙をカレンは鍋に落とし、その上に魔法を施していない方の小槌を乗せて、鍋の上で乳白無地の陶器の瓶を傾けて空にした。


「その液体は何ですか」


ミスター・トールマンが興味津々といった調子で質問を発した。

カレンは、先に液を入れておけば良かったとかきまぜ棒で懸命に沈めようと格闘しながら、口を開きかけた。

その時、ふいに先程まで読んでいた新聞のコラムの内容が頭を過った。

錬金術についての連載コラムは、今日は賢者の石の伝承をその内容としていた。

内容がぽつ、ぽつ、ぽつと顕在意識に染みのように現れる。


"賢者の石は、古い書物には、水銀、硫黄、そして塩を用いて精製するという記述も存在する"


その記憶が、カレンの仕事のうちの1点とリンクする。

カレンはとっさに、「これはですね、白ワインです。今日は」と急激な軌道修正をした。

あまりに急だったため、心臓が激しく鳴って息が震え、棒を握る手に脂汗が滲んだ。


「白ワインですか」

「はい、アルコールを飛ばしたものです。作る物によっていろいろですけど、水だったり、ミルクだったりすることもあります。ミルクは本当に、たまに」

「へえ、魔法は相当に個性が出るものなんですね」


ミスター・トールマンは理解しがたい世界だと言わんばかりに困惑を滲ませ、ミス・アクロイドは「そうですねえ」と頷きながら、組合職員だけあって動じた様子もなく書類に書き込みをしている。

彼女の書き込みが、リスト上の公式記録になるのだろう、とカレンは思わず棒をきつく握り締めた。

カレンは、鍋の魔法に白ワインも水もミルクも使ったことは一度もない。

カレンの液体は、見た目こそ白ワインのようだったが、彼女が『概念の型』の以外に唯一使える魔法を使って精製しているものだ。


原材料は、水銀、硫黄、そして塩であった。


カレンは心を平常まで必死に持ち上げようとしたが、今日は失敗するかも、という危機感がそれを阻んだ。

失敗はダメ、とカレンは心の中で唱えた。

捜査を仕事にしている者は、動揺を感じ取るのは容易だろう。

動揺の理由は分からなくとも、何があるなという疑いは持たれる、リストの内容も偽りが記載されてしまった以上、調査が始まればカレンはこれまでの生活を続けられなくなるだろう。

大鍋からはうっすらと光る湯気が昇り始めた、もう猶予はない。

客から渡された唯一無二の品に魔法をかける時も、こんなに心張り詰めることはなかったが、カレンは覚悟を決めた、決めたとみなした。


「鍋の魔法を始めるので、終わるまで会話厳禁でお願いできますか」


カレンは2人に声をかけ、大鍋にかきまぜ棒を改めて突き刺すようにしてから、A、と発声を始めた。

絶対に失敗しないとはいつも持っている緊張感だったが、いつもは職業上の品位という程度であって、こんなに全身に力が入るほどではない。

それでも、Gを過ぎ、

Nを乗り越え、

Uに辿り着き、

唾を飲み込んで、XYZを丁寧に一歩ずつ踏み、


"All wished for a piece in hand!"


と言い切ってかきまぜ棒を抜いた。

全速力で走った時のような拍動を聞きながら覗き込んだ鍋は、打ち出の小槌を最初に作った時と同じように、緩やかに回る液の下の方で、木目から赤っく色の変わった小槌がさらに呑気に回転しているようだった。

何とか成功したのではないだろうか、ともっと顔を近づけたところで、


「あっつ!」


湯気に顔を蒸され、鍋の火がまだ着いていることにそこで気が付いた。

しかも、粗熱が取れないと鍋の中から完成品を取り出せず、冷めるまで査察者に居座られるという想定も、頭から全く抜けていた。

恰好悪さの詰めの甘さのあまり、ほうほうの体で火を落とすカレンの頭上で2人が


「いやあ、鬼気迫ってたなあ、アスターさんの魔法。やっぱり実際目でみると書類と違いますね、凄い」

「他の職人にはないですか」

「もっと派手な方もいますよ、でもこの迫力はなかなかないです」


と気付かずに談笑なのか分析なのか分からない会話をしている。

カレンがそこに、内心の落胆を隠しながら「どうしますか、ある程度冷めるまで待たないと取り出せないんですが」と質問を割り入れると、2人はしばらく互いの顔を書類とを交互に見ていたが、最終的に頷き合ってから、ミス・アクロイドがあっさりとチェック作業の終了を宣言し、無益な時間は終わりを告げた。


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