(15)賢者の石②
「アスターさん、錬金の話聞いた?」
「れんきん?」
「錬金だよ、錬金術の錬金。お偉いさんもとうとう頭がおかしくなって来たんだね」
「ああ、それですか。まさかそう来るとは思いませんでしたね……」
注文で立ち寄った素材屋にて、店主の弾んだ声に、カレンは苦笑いを返した。
先日新聞で報じられたばかりの、金を増産し新たな輸出品とするべく、錬金術の研究を本格的に推進するという国の決定は、誰に会ってもこの話題に触れずには立ち去れない一種の事件であった。
あまりに突飛な発想に、血迷ったという批判をする者が大勢で、国は対策を取る気がないのではないかと訝しむ声も多く聞かれ、魔法の活用した実に画期的な、と評価した一部の報道には、金でも貰って書いたのかと皆白眼を浴びせていた。
「錬金術って、これはもしかしてアスターの出番なんじゃないの」
にやりとする店主にそう尋ねられ、カレンは「私!?」と仰天した。
「いやいやいやいや、とてもじゃないけど出番なんてありませんよ!私ただの職人ですよ」
「そう?アスターさんならできちゃいそうだけどなあ、造形屋さんでしょう?」
「造形屋ってそういう造形じゃ、買い被り過ぎですよ!それに私、得体の知れないもののイメージは作れる気がしませんし」
「そうかなあ」
慌てふためくカレンを、店主はといまいち信じていないようだった。
カレンが脂汗を掻いたのは、研究という記述を見つけた時に、もしカレンが手がけるならどういう手順を踏むだろうと独り想像を巡らせたからだった。
イメージを作るにはどんな情報が必要で、その情報はどこから得るか、と多少時間を取り、割と真面目に考えた。
その上でカレンは、国のこの決定が無理筋だという結論に辿り着いていた。
錬金術、卑金属と呼ばれる安価で入手しやすい金属を変化させて金にする魔法は、この国が建国される前、それこそ有史の当初から研究がされている古の技術と言うべきものだったが、現在に至るまで国外を含めて成功したという確実な話を聞いたことがない。
いや、かつては成功者がいたからこそずっと追い求められているのだとは思うが、成功の形跡が残るのが歴史書の記述だけで、肝心の術の内容が失われており、もはや本当に成功していたのかも疑わしいほどに時代は下っていた。
職人としては、実践が不可能な魔法は死に技術として、伝説の中に眺めておくのが穏当だった。
もちろんカレンの場合の布魔法のように、仕事で使うことを目的に、何とかものにしたいと研究することは当然あったが、錬金術は次元が違う。
あくまでカレンのものづくり魔法を土台にした場合だが、金以外のものを金に見せかけるくらいは何とかなっても、根本的に金へと変化させられるイメージを作るのはどう考えても無理だった。
そして、錬金術の難易度を跳ね上げているのが、術の前提として『賢者の石』という媒体が必要だという、2段階の困難が立ちはだかる点だった。
石と言っても岩山や海底から拾ってくるものではなく、当然精製から始めなければならないことは、歴史書から推測されるところだったが、分かるのはそこまでで、精製方法は、Aの本では何々を使用したと言われているが定かではない、Bでは全く別な物が材料に加わり、恐らくこれらを使用したものと思われると曖昧で、精製の魔法については記載が欠けており、真相は謎に包まれていた。
乏しい情報をもとに、何とかして神秘のベールを剥がそうとする者は現在も後を絶たないが、そういう挑戦はカレンの管轄外であった。
研究自体で収入を得ているのはない者が、実現不可能なものに挑戦し続ければ、いずれ干上がり生活が成り立たなくなる。
そしてカレンは、自力で生計を立てていくのが務めだと考えており、自分が研究をするなどとんでもないことだと考えた。
「やっぱりできないもんですか、錬金術って。名前だけは誰でも知ってるもんだけど、どんくらい難しいのかはよく分かんないから」
「できないと思いますよ。昔からいろいろな国が競争して研究してたはずなのに、今でも成功したって話聞かないですもん」
「そうなのか。金がボンボン作れたら潤ってどんなに良いだろうって思うんだけどねえ」
「それはそうですよね。魔法としても最高に高度になるとは思うので、国外に出た魔法使いの方がどなたかできないのかな、とはちょっと考えました」
「なるほどね。でも万が一できてる人がいても、申告しなさそうだね」
「……しませんかね?」
「しないさ、だって申告したら最後、連れ戻されちゃって金製造だけさせられる人生になるよ」
一番可能性の高い人達が候補から外れるとなると、やはり実現可能性はないなとカレンは考えたが、同時に漠然とした不安を覚えた。
国は、この不況の打開策が本当に見つけられないのだろう。
でなければ、こんな悪手を大々的に宣言するはずがない。
推進するにしても静かに粛々とやればいいものを、どうして新聞を通じて国中に広めてしまうのか、推進したがやはり無理でしたとなれば、他の手段で不況にてこ入れをしない限り、国が国民に対し嘘を吐いたのと同じことになる。
無策と思われたくない苦し紛れなのかと思う一方で、錬金術が使えるようになる確信でもあるのかという勘繰りさえしたくなる。
物価高騰が始まった頃から、バーミア中、いや恐らく国中に嫌な空気が立ち込め始めた。
不安と不満の膨張はもちろんだが、それ以外にも、正体がこれと特定することはできない何か嫌なものが含まれているように感じられてならなかった。
吹き散らす風も訪れず、空気はだんだんと淀みあられもない方向へと皆を引き摺っていく、そんな予感が、カレンの頭に覆い被さっていた。




