(2)お菓子の家③
建材はこれくらいで、と家の構造に想像を巡らせながら、今度はパン籠から今朝届いたパンを取って、齧りながら仕事を続ける。
カレンは建築技術に明るくないため、最初の手紙を受け取ってから図書館に何日も通い、付け焼き刃を施した。
もっとも、カレンの手で本物を建てるわけではないため、積み上げた知識をイメージとを接続できるところまで辿り着ければ問題がない。
本でちょうど良さそうな1階建てを見つけ、図書館で書き写して来た平面図、立面図、構造図を、今度は本に正確に写していく。
アレンジができるかどうかは、設計図にそういう余地を組み込むかどうかではなく、使い手の応用力の問題なので、カレンは対応はしない。
大体、菓子製の家は見た目の突飛さを楽しむためのものだろうに、素材が外観から見えない、明かりも差さない地下室を増設して何に使うつもりなのか。
何か良くないことでも企んでいるのかな、と思うけれども、客の、オーダーに影響を与えない要素には首を突っ込まないようにしているので、それ以上の思考を絶って、寸法を一つずつ書き込む。
家の仕様が完成したところで、最後に、最も大切な要素である印象を付け足していく。
・深い森の中、キャンディの敷石を踏んでいくと、とても好きだがほとんど食べたことがないお菓子達が、全て使われた家が建っている
・壁に手をかけてみると、大した力もかけずにクッキーの欠片が手に入る
・クッキーはさくさくと軽く、あっという間に口の中から消え、おいしさを追いかけて、次々に手が伸びる
・窓は触るだけで割れ、舌の上であっという間に溶けていく
・家の周りには咲くシロツメクサからも砂糖の甘い匂いが漂って来る
・室内も全てお菓子でできていて、座って休むことも忘れ、ケーキにチョコレートにと目移りを続ける
・これは子供達の夢の家、子供達が夢を貯めて築いた彼ら・彼女らの城
目の前の実物から受けた印象より、カレンの空腹感が多分に混ざってしまったかなと、完成したものを読み直してちょっと迷った。
が、"お菓子の家"なのだから菓子らしくおいしそうにしているのが何よりだと思い切って、最上部に『お菓子の家の設計図 製作者:カレンアスター』と署名する。
ページは、図面を描いたのもあって両面2枚に渡った。
今日は珍しく悩むことなく書き上げることができ、清書の必要もなかった。
劣化版とはいえ実物を目の前にしているのが大きいのかも、と両方破り取り、大鍋に落とすと、乳白無地の陶器瓶の中身を全て空けた。
今度こそ作らないと、と瓶を引き戸には戻さずに床に降ろし、大鍋に火を着けてから、テーブル上の大皿を手に取る。
ガラスの靴のように、原料となるガラスを入れて、魔法が掛かったガラスの靴を取り出すというやり方は今回は使えない。
もちろん、建築物の設計図を提供するという選択はない。
カレンは図面を引けないし、図面の内容を寸分違わず目の前に作り出す魔法は今のところ開発されていない。
図面を手に、呪文を唱えてぽん、というわけにはいかないのだ。
第一、魔法は唱えるものではなく、高度の集中力に基づいて掛けるものであって、発声は集中を高める補助として行うものだ。
その発声が呪文と呼ばれているだけであって、例えばカレンが使っている"ABC"を他人が使っても、同じ効果は生み出されない。
補助として何を発声するか、どんな言葉に力を感じるかは人によって異なるものだった。
であるので造形屋カレンは、注文主がどんな言葉を発しても、注文通りの結果をもたらすものとして、"魔法の設計図"を作るよう依頼されている。
設計図を手にした者が、思い思いの言葉を声にして集中力を練り、同じ結果を展開できるものを、カレンは作る必要がある。