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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(15)賢者の石①

起きて来たカレンが台所に入ると、いつものようにミルクの瓶は空き瓶と替えられていたが、その下に畳んだ紙が挟まっていた。

開いてみると、配達店の店主の名前で、来月分からの値上げの告知が、丁寧な詫びとともに記載され、配達の継続希望をしない場合は知らせて欲しいとあった。

ミルク配達を止めたらさらに食事が疎かになってしまうカレンは、告知をテーブルに広げたまま、籠から丸パンを取ってかじり付いた。

じわじわとだが物の値段が上がっている。

最初は道具作りの材料に現れた。

カレンが使うのは一般には需要がないものが多く、販売を続けるために値上げになることは今までも何度かあったと気にしていなかった。

しかし、値上げの波は生活用品に広がり始める。

家具類、燃料、日用雑貨、そして最後まで踏み止まっていた食料品が、このところ加工品を皮切りに上がり始めた。

パンの値段は数か月前に上がっており、とうとう生鮮食品もかとカレンは悶々としながらパンを咀嚼そしゃくする。

今日は買い出しの日だが、また上がった品物に出会うのだろうと、仕方のないこととは言え溜め息が出る。


カレンは幸いにも仕事が途切れず、今のところ生活費の値上げ分を反映しなくても生活していける。

しかし、このまま流れが止まらず、節制してもどうしようもなくなったら製作料は引き上げなければならない。

そうすると依頼の数は間違いなく減る。

値上げ・値下げは他の職人と足並みを揃えて、とは組合がよく言うことだが、他の奴なんか知るかと頑固な者も少なくないし、そもそも商売敵はスタフィー州内だけにいるわけではないのだから、組合でいくら諭しても統率など取れるはずもない。

ただ、暮らしのレベルに影響が出ることは皆変わらないはずで、変わらず仕事を続けていくことの困難が、いずれ訪れるという予感は誰しも持っていると思われた。

この物価高騰は、新聞の内容を継ぎ合わせると、鎖国的な措置による施策の硬直化にあるとされていた。

輸出入は行われているがその規模は小さく、国外から利益を獲得するという構造ができていないのが、この不況の大元にあると報じられ、国内で経済を回すことにしか役人の意識がないのは、国外の知見をその目で学び覚える機会がないからだと批判が展開されている。

国民だけなく政策を立てる役人でさえも、国の出入りは厳しく制限されているのは百害あって一利なく、魔法使いに渡航の自由を許すなら役人を出した方がいいという提言は、今回に限らず定期的に新聞に載る内容だった。

皆が悲鳴を上げるこの状況を打破し、国の弱体化を避けるためには、輸出を念頭においた新資源の開発などの起爆剤が必須であり、早急な検討と対応の開始が必要である云々。

新資源なんてそう簡単に見つかるわけがないと思うけど、とカレンは口をもぐもぐさせながらミルクを注いだ。

既知の何かを輸出品に、という候補が見つからないから新しい物をと言い出したのだろうが、不況を打破できるくらいの力を持った資源など、国なり大きな組織なりが把握していないはずがないとカレンは決めてかかっていた。

物価高騰で苦しむのは末端のカレン達なのだから、提言をするならもう少し実効性のあるものにするなど真剣に考えて欲しい、とカレンはパンの欠片をミルクで流し込んだ。



週2度の買い出しのうち1度は買うことにしている卵を求めて肉屋に行くと、顔馴染みの店番の娘が


「ごめんなさいね、卵も値上げしたんです。卸値が上がってしまって」


と眉を下げた。

既に、先程のじゃがいもで経験済みのカレンは、今回は一応いつも通りの個数を頼んだ。

ありがとうございますと卵と肉類とをそれぞれ丁寧に包む娘に、「大変ですね」と声をかけると、「本当にねえ。売る方も買う方も大変です」と答えた。


「農家さんも苦肉の策だって言ってました。上げちゃうと売れなくなるし、かといって据え置きだと餌代も回収できなくなるしって。

あたし達だって食べていかなきゃならないから、上げ分を乗せないわけにもいかないし」

「買い渋りってやっぱりありますか」

「ありますよう。うちは食べ物だからまだマシかもしれませんが、それでも肉をいつもより少なくして、とかざらです。そこのパン屋も、お客が減るってのはないけど1人が買う量は減ったって言ってましたし。お客さんはどうですか?」

「私は一人親方の職人なので今のところはまだ。ただ、材料費が上がってるので、これからどうするか、ですかね」


カレンの場合、仕事で最も、かつ定期的消費するのは鍋に注ぐ液の原料だった。

そのうち水銀が一番高価だが、使う量を節約することはできないため、原価率を計算するところからだと頭が痛いところだった。

いつも液は、"このくらい"と目分量で使っていたが、今後は正確な使用量を算出し記録して、1つの依頼にはここまでという線を引かなければならないだろう。

他の職業では当たり前のことで、カレンも職人になりたての頃組合から教わったが、イメージという心が作る無形のものがとにかく重要になるカレンの場合は、その日の心境によって、えいや、で作業したいことも少なくなく、あらかじめ決めた量に縛られるというのが自分のやり方には合わないと既に及び腰になっていた。

娘が大きく溜め息を吐き、


「何もかも高くなるなあ。ほんと困っちゃいますね」


と嘆くのに、カレンは代金とともに心からの同意を返した。


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