(14)打ち出の小槌①
バーミアの収穫祭は例年秋の終わり頃に行われる。
役場前の広場と商人街を中心に飾り付けが行われ、露店が並ぶ。
飾り付けは毎年異なるコンセプトが選ばれて、今年の大看板に描かれているのは、雪化粧の森、氷砂糖の野原、オレンジジュースの川、ケーキの宮殿という、クリスマス先取りの気配がある絵であった。
魔法付与したペンキが使われた絵は、寒空の星のようにそれぞれの色で瞬いている。
通りの沿いの軒飾りには、マジパンの質感の踊り子やそりが、それぞれにふさわしい動きをしている。
収穫祭では、職人はこういった飾りの製作や、出品物があればその作成を担当する。
商人は自店の前に露店を出すのでその準備、農業者は月の市でしかできない直接販売をする機会ということで多忙になり、寒い季節ではあったが、特段役割のない住民も含めて何となく浮足立つ時期であった。
カレンは、今回は実用ではなく遊戯物を出品して欲しいという割り当てがされたので、何にしようかと軽やかな悩みとともに日々を過ごしていた。
遊戯物、要するに楽しさを添えるものなら何でも良いので、今まで着想はあったが諦めた品物の中からアイディアを拾えないかと記憶を探ってみる。
依頼品のイメージ作りで本を読むうち、本の中に時折、これは作れないと思いながらも突飛で魅力的な道具を見かけることがあった。
力不足と多忙とでその時は放っておいたのだが、全てメモには残しているのだった。
もちろん、今だってそんなに技術は向上しておらず、メモした道具をその通り作ることはできないだろうが、エッセンスだけでも使ってみたかった。
先取りのクリスマスに寄せるべきか、それとも菓子類かという思案は、久しぶりに楽しい悩みだった。
最近のカレンは、少し油断すると、先日失敗した帽子の中で耳にした非難の声に意識を引っ張られる。
"魔法使いにならないの"
あの帽子が結局、被った者を貶めるのか、潜在意識の翻訳なのか、どちらの機能を持ってしまったのかの検証はできなかった。
あの後結局熱がぶり返したカレンは何とか寝室までは移動したものの、ミルク配達人のマリーが、2日前のパンとミルクが減らないまま残っていることを訝しみ、意を決して中まで入って来てくれるまで、ベッドから全く起き上がれなくなってしまっていた。
マリーが慌てて職人組合に駆け込み、組合が医者を呼び両親に連絡を入れ、発注先に納期延伸の通知を送るなど対応をしてくれた。
実家からは母が来、朦朧とした娘に「ちゃんと食べてないんでしょ、顎が細い」と軽く小言を言いながら看病をしてくれて、寛解した頃に、家中の鍋に保存の効く食事を仕込んで帰って行った。
その後、快復したカレンは、医者にも母にも不摂生を咎められたにもかかわらず、入っていた仕事達に猛然と取りかかり、今までで一番ではないかという根の詰め方で遅れを挽回した。
もちろん、組合から依頼された帽子も、失敗理由の検証をろくにしないままでも2回目を成功し、組合に礼と謝罪で深々と頭を下げながら納品したので、作業部屋の隅に放り投げてある失敗策、体調不良のせいで作った時の状況をいまいち記憶していないものを、今更確かめなくてもいいかなと思っていた。
カレンとしては、機能がどちらだったとしても変わりはなかった。
"いつもいつでも言い訳だらけ"
そんなこと言ったって、私だって、生活していかなきゃならない。
仕事をしながら魔法使いの勉強をするのは無理だ。
頑張ってもなれる保証はないし、どのくらい時間がかかるかわからない。
だから挑戦している暇なんてない。
いつでも同じ反論が胸に木霊する。
カレン自身としては、筋が通った正しい反論だと思っている。
職人として既に中堅になり、手応えのある大きめの依頼も入るようになった。
それを全て打ち捨てて新しい道に進もうとするのは、あまりにも現実を見ていない、根気が足りないといつも自分で自分を叱るのだが、他方でそれはいじけた者の言い訳に過ぎないと冷めた目で見ている自分もいた。
そもそもどうして魔法使いなんだっけ。
何の気なしに疑問を浮かべてしまったカレンは後悔した。
ものづくりを通じて育まれた、世界への憧れが鮮やかに胸を過ぎた。
本から得たイメージを、実際に目で見て答え合わせをし、現実のこととしたかった。
この国の至高の職業であることへの羨望も少しあった。
収穫祭のために作ろうとしているこれもそうだ、とカレンはメモを見下ろした。
メモ中の1つ、打ち出の小槌とは、かなり前に作れるかどうか問い合わせがあった道具だった。
望むものを言いながら振ると、その通り実現される木製の小さなハンマーということで、どんな望みでも叶えるという効果はさすがに実現できず、断らざるを得なかったのだが、振るという動作をして願いを叶えるというのが上品で面白いと思った。
望みを全て叶える魔法は今でもかけられないが、降って出て来るものを限定するならば何とかなりそうだ。
出て来るものは、祭りのコンセプトに合わせて菓子類がいいだろう。
それに遊戯物、要するにジョークグッズとして販売するなら、魔法は一時的なものにして、役目を終えた後は振って遊んでもいいし、オブジェとして飾ってもいいし、という軽い道具の方が逆にふさわしいかもしれない。
この木槌の、当時の依頼人は南方の国の人間だった。
ハンマー自体に魔法の力を持たせる発想はこの国にも存在していたが、その依頼人の国である南方の絵を施したらさぞ見栄えがするのだろう、とカレンはメモ当時の憧れを取り戻し、慌てて、でも、と打ち消しの言葉を上から貼り付ける。
今歩いている道から逸れることで、手放すものが多すぎるのだ。
もし仮に魔法使いになって国外をこの目で見るという夢を実現しようとしたら、ものづくりの仕事はどうするのか。
ここまで歯を食いしばって励んで来たものを手放すのか。
人との関係を築くのが苦手なくせに、住み慣れたバーミアを、スタフィー州を、この国を離れゼロから生きていくのか。
足はいつもそこで止まる。
止まるという言い方は正しくない、カレンの意思が止めているに過ぎない。
しかしそうやってこの家に根を生やして、いつまでも大鍋の中を覗き込んでいるのだった。




