(11)独りで鳴り出すハープ⑪
夫人の部屋から退出し、客間に戻ると、ハロルドが「すみません。曲名、聞き出せませんでした」と詫びた。
ハリエットがすかさず「だから違うって言っているでしょう」と兄を詰る。
カレンはそのどちらにも返事せず、それはそれとして夫人が気に入っている曲などはあるかを尋ねた。
兄妹は顔を見合わせたが、あれこれと候補を渡り歩きながら議論し、やがて1曲が選ばれた。
瞑想曲という名前だけでは伝わらないだろうと、オルゴール部屋から持って来られた箱のクランクを回すと、長調だがどことなく物悲しい響きを持つ、どこかで耳にしたことのある曲が流れた。
最も気に入っているかどうかは分からないが、少なくとも嫌いではないと2人は言う。
「元々はバイオリンの曲なんですが、父が気に入って弾いていて、それを母が真似して歌っていました」
「そうそう、耳に胼胝ができると言ってね。オペラ歌手みたいに」
「家政の指示を節に合わせて朗々と歌うからうるさかったわ」
「父に文句を言う時にも最初は歌ってたよなあ。返事をしないともっと声が大きくなるんだ」
カレンは曲名が書き留めていると、同じ曲のものが数台あるということで、オルゴールは貸してくれるという。
ありがたく借り受けて、丁重に鞄に仕舞うと、ハロルドが「それでどうでしょう、できそうでしょうか」と心配そうに言った。
「難しければ遠慮なく仰ってください、どれだけ無理をお願いしているかは承知していますので」とハリエットが念を押す。
「作れるかどうかは正直やってみないと分かりません。また、それがお母様のお気に召すかどうかも分かりません。
でも、何とかやってみたいと思います」
2人を交互に見ながら、カレンは決めた覚悟を表明した。
正直なところ、試行錯誤の方向性が見えた今でも、7割は無理かもしれないと思っている。
しかし、残った3割の可能性の中で足掻く義務が、職人としてのカレンには課せられていた。
自分が課した義務だ、何でもかんでも諦めてたまるか、という負けん気の一方で、また頭を抱えながらイメージを捻り出す作業の苦しみを思う。
今回の『概念の型』は、いつもより一段階上だ、何せ所有者の魔力で操作する道具は、カレンにとって未知数だったからだ。
ああ、退路を断ってしまったなあと思いながら、ホプキンズ家を辞去し、送りの絨毯に乗り込むまでの間、どうすれば夫人の心の音楽をハープに繋いで音にできるのかをずっと考えていた。
*
職人は、作ったものを依頼人に届けるところまでがその使命であった。
『親愛なるミス・アスター
ご無沙汰しております。
先日のハープについては、重ねてお礼申し上げます。
妹からも一筆差し上げたことと思いますが、母に預けたところ、瞑想曲が普通のハープと変わらぬ音色で流れてくるのには驚愕いたしました。
グリッサンドというのでしょうか、音が滑らかに走るところや、速度の緩急が、父の音にごく似通っていると感じました。
母はハープを頂戴した頃には、口数も少しずつ増えており、本当に妹の申す通りでした。
受け取った母は最初こそ疑心暗鬼そうでしたが、やがて独りにして欲しいと言い、部屋で日が暮れるまでずっと聴き入っていました。
母はその後俄かに元気になっていき、再び妹家族と同じ食卓を囲むようになり、外出をするようになったそうです。
まだ完全に以前通りというわけにはいかないようですが、溌剌とした母が戻って来るのはそう遠い日のことではないでしょう。
非常に残念なのは、あのハープを母が州のバザーに出品してしまったことです。
母曰く、私にはもう用済みである、同じ思いをしている他の人に使ってもらいたい、ということでしたが、あんなに焦がれていた父の音楽をあんなに簡単に手放してしまったのがもったいなく、私には非情に思えます。
妹はこれで良かったと言いましたが、父の演奏は、これで二度と聴けなくなったしまいました。
不要になったとしても留め置いて、私なり妹なりに譲ってくれれば、いつでも同じ音色が蘇ったでしょうに。
しかし、貴方は実に優れた職人でいらっしゃる……』




