(11)独りで鳴り出すハープ⑩
カレンは母である人が起こされ、食事を終えるのを待った。
昼食を振る舞われたが、ナプキンで口を拭いた段階で、何を出されたのかろくに覚えていないほど、上の空になっていた。
"お父さんの曲が聴きたい"は、十中八九"お父さんの演奏が聴きたい"という解釈に落ち着いたようだ。
曲の制限はなくなった、もっとも、何か耳馴染んでいるか気に入っているかの曲を選ぶのがいいだろう。
問題は、父である人の演奏を魔法で再現する方法だ。
カレンは、『概念の型』を使って依頼品を抜き出す魔法しか、基本的には使えない。
もう1つ使える魔法はあるが、それは魔法をかける時に使う液体を精製するものであり、今回の依頼には役に立たないため、『概念の型』の中で知恵を出さなければならない。
カレンは、正直なところ、面会は取り消してもいいのではと考えていた。
面会しても、もはやあまり意味がなかった。
誰かが、演奏そのまま記録し再生する道具を作り、生前それを使って演奏を保存していてくれたのならまだ希望はあるが、そんな道具が世に出回ったというニュースは聞いたことがない。
母親に、以前の彼女自身を取り戻すために贈られるハープなら、その音色は母親の心に叶うものであることが必須だ。
"曲を聴きたい"という一言しか発しないのなら、どういう音色だったのか、夫の演奏にどういう思いを抱いていたのかなど、肝心な話は何も聞き出せないだろう。
母親が買い込んでしまった大量のオルゴールから、想いの深さは垣間見られたが、イメージ作りの土台としてはゼロに等しく、母親の心の中にある音色を再現するならば、全く別な方法を考えなければならない。
(そんな方法、何処にあるんだ)
カレンは捨て鉢になりながら、どのタイミングで撤退を申し出るかを一生懸命考えた。
ロッキングチェアに腰かけた母である人は、目の下に濃い隈を作って、ぼんやりと外を眺めていた。
快適なように膝掛けやサイドテーブルの飲み物などが配されていたが、気配りをされる側はいかにもなおざりで、以前の様子を知らないカレンには、ハロルドが狼狽えるのも無理はない気がした。
テーブル上にはオルゴールが1台置かれていて、短調の、確か"鐘"という名と思われる曲がゆったりと鳴っていた。
ハロルドの言う通り、故人のハープはロッキングチェアの後方、直射日光を免れる位置に据えられていた。
ハリエットが窓の開き具体を調整している間に、ハロルドが老いた母クララの前に膝を付いて話しかける。
「母さん、職人さんに来てもらったよ。"お父さんの曲が聴きたい"って言ってただろう、お父さんの曲を演奏してくれるハープを作ってもらおうと思ってさ」
確定事項として話さないで欲しいと割った入るべきところだったが、カレンはもうそんな気力もなく黙って頭を下げた。
老ホプキンズ夫人は、長い間声を出していなかった者のような掠れ声で呟いた。
「お父さんの曲が聴きたい」
「そう。だからお父さんの曲を、勝手に演奏してくれるハープを作ってもらうんだ。曲のリクエストはある?」
「いらないよ」
「いらないの?だってお父さんの曲が聴きたいんだろう、何かこの曲が良い、っていうのはある?」
「ないよ。お父さんの曲が聴きたいよ」
ハリエットが、だから言っただろうという調子で「兄さん」を軽く睨む。
しかし、カレンはその控えめな小競り合いを聞いていなかった。
カレンの意識は、専らサイドテーブルのオルゴールに集中していた。
ドアを開ける前から鳴っていたオルゴールは、カレン達が入室してから誰も手を触れていない。
にもかかわらず、その手のひら大の箱は、少なくとも3分は経っているのに、速度を落とすことはなくずっと曲を奏で続けている。
しかも、そのオルゴールはネジ巻き式ではなく、箱の横についているクランクを回すタイプなのだが、見ているとそのクランクが勝手に回っている。
先程触ったいくつかは全て普通のオルゴールだったが、この部屋のものは魔法付きなのだろうか。
カレンはそっとハリエットに寄っていって、小声で尋ねる。
「あのオルゴールだけ、魔法がかかっているんですか」
「いえ、あれは母の魔法ですね」
「え、オルゴールを動かす魔法ですか?」
「というより、クランクを回し続ける魔法です。いや同じ動きを繰り返させる魔法だったかしら。これしかできない上に、小さいものにしか効果が出せないらしくて、使い道がなかなかないのよとぼやいてました」
そうすると、普通のオルゴールを持ち主の魔法で動かしているのか、とカレンの思考が高速で回り始める。
魔法使い、魔法利用者と魔法不使用者とがいる中で、魔法不使用者にも魔法は使えるが生業とするには不足する層がいることを、カレンはすっかり忘れていた。
老ホプキンズ夫人がその層なら、体内の魔力を外の世界に流し出すという基本はできるということだ。
もし、心の中の音楽を魔力に乗せて、魔法の道具であるハープに流し、ハープを"自ら使う"ことができるならどうか。
彼女が使う魔法とは全く異なるため、彼女が思い描いた音楽を奏でられるかどうかは彼女次第、それからハープの性能にかかっている。
ハープは、イメージを乗せた魔力さえとにかく受け取れれば、それを忠実に読み取りそれに寄り添うように弦を響かせなければならない、責任は重大だ。
カレンは、夫人の後ろにある遺品のハープを、改めて見上げた。
長身の男性のような支柱から、水が一気に落ちその勢いのまま波が立ち上がるようなカーブから、直線のボディが支柱の元に戻る。
ペダルが7本付いてのは見分けがついてたが、弦の本数は数え切れなかった。
支柱には蔓や葉、幾何学模様を組み合わせた彫刻が施され、全体は艶消しの金色に塗装されて、部屋の一角が神殿のような様相を呈している。
作るなら、老夫人でも楽に抱えられ、かつ鍋から引き出せる大きさにしなければならない。
肝心の機能の方は、実現できるかどうか自信がないが、『概念の型』に、夫人が故人を忍ぶ心を、厚かましくも他人のカレンがどこまで盛り込めるか挑戦するだけだ。




