(11)独りで鳴り出すハープ⑧
客間に戻って来ると、玄関の方からドアの音と複数の人の声がし、また別なメイドが「若奥様がお帰りになりました」と告げに来た。
バタバタと階段を上がって行く足音は軽く、子供達が、客が来ているから部屋に直行を言い付けられたのだろうと、カレンが心で詫びていると、メイドが、若奥様がご用があるそうだとハロルドを呼んだ。
ハロルドが出て行くと、半開きのドアの隙間から、言い争う小声が微かに聞こえてきた。
「そもそも論はもういいだろう、こうして職人さんがもう来て下さっているんだから」
「そもそも論を解決しないで突っ走るの、兄さんのいつものやり方ですものね。私達に何の相談もしないで」と
「だって、もう職人さんが来て下さっているんだぞ、今更どうしようもないじゃないか」
「だからそもそも依頼状を差し上げる前に、どうして相談してくれないんです」
「だって、相談したら反対するじゃないか、必要ないって言って」
「反対されるから勝手に手配するの。お母さんのことなんですよ、私と兄さんのお母さんの。全く、いつも勝手に行動して、他の方にご迷惑をかけて」
これは状況としては非常に良くない、とカレンが冷や汗を掻いていると、憮然とした表情のハロルドに続いて、眼鏡をかけた年嵩の女性が入って来た。
ハロルドに、「妹のハリエットです」と紹介された女性は、きびきびと
「初めまして、ハリエット・ホプキンズでございます」
「カレン・アスターです」
と手を差し出し、カレンはぱっと立ち上がって握手を受けた。
彼女がソファに座るとほぼ同時に、メイドがその前にカップを供し、滑らかに茶を注いだ。
「わざわざこのような田舎までお越しくださり、申し訳ありません。お忙しいところご足労いただいて」
「いえ、こちらこそご自宅に押しかけてしまいまして、無理を申し上げてしまって」
ハリエットは、茶で唇を潤してから、「いいえ、元々はこちらが言い出したことですから」と隣の兄を横目に言った。
気まずいカレンは返す言葉がなく、曖昧に笑って誤魔化す。
今の話を聞いてしまったとはとても言えず、兄ハロルドが独断専行し、妹がカレンの訪問を歓迎していないことを前提に、非常に難しい立場でここからどう行動すればいいのか困ってしまった。
依頼状の名義人はハロルドであり、彼が取り下げると言わない限りは依頼は続行だが、ハリエットに話を聞くという目論見が崩れるとなると、自ずと結論が決まって来てしまう。
一応、聞く努力はしないと、とカレンは勇気を出して口を開く。
「ハリエットさん、その、お母様が、亡くなられたお父様の曲を聴きたいと仰ったというお話を伺ったのですが」
ハリエットは、「言いました。毎日言っています」と頷き、それから迸るように話し出した。
「それはそうですよ。最愛の伴侶が、お別れも言えず突然亡くなったらあんな反応になりますよ。亡くなってからまだ2か月しか経っていないんですよ、それなのに元のようにしゃきしゃきしろと言うんですか、無理ですよ。私だってまだ悲しいのに、ずっと連れ合って来た母ならなおさらですよ。
私だって早く、元気が有り余る母に戻ってくれればと思ってますよ、うちの子供達もおばあちゃん元気がないねって心配しています。
でもそれは今じゃありません。今はまだ悲しみと折り合いを付けるべき時期じゃありませんよ、時間がかかるんです」
「だってそんな、あんな状態がいつまでも続いたらどうするんだ。痴呆になってしまうよ」
「なりませんよ。何でそうせっかちなんですか、まだ悲しみが足りないんだってどうして思えないの」
「でもあそこまで行くと心配だよ、本当に心配だ」
「一緒に住んでいる私達が常に気を付けていますからご心配なく。お医者様にもきちんと助言を頂いています。自分の心配を解消するために、同居している妹に何の相談もなく手を回そうとするの、本当になっていないと思いますよ」




