(11)独りで鳴り出すハープ⑦
ハロルドが、
「すみません、父のハープもお見せしようと思ったのですが、父が亡くなってから母の部屋に運び込まれて、それからずっとそこにあるんです」
と済まなそうに言った。
手慣らした楽器はできれば見たいと思いながらも、カレンが
「そうですか、ではあの、お父様が演奏されたことのある曲について、何か資料的に残っていて、見せていただけるものはありませんか」
と尋ねると、ハロルドは
「楽譜ならば書斎に全て取ってありますので、ご覧になれますよ」
と立ち上がり、1階の端にある書斎にカレンを案内してくれた。
館の主人の部屋である書斎は、広さと言い設えと言い実に素晴らしく、象眼模様の入った両袖デスクも、長椅子とアームチェアのサロンセットも深い色に光っている。
三方にある窓から差し込む光を避けるように、巧みに置かれている何台もの本棚には、念を押すようにワインレッドのカーテンが掛けられている。
ハロルドがそのうち1台に歩み寄り、金色の房の付いたシルクの紐を引くと、棚のほとんどが紙、何枚か束になって、厚紙の表紙が付いているものと付いていないものとで埋められていた。
「もしかして……ここにある本棚全部」
「楽譜です。ああ、一部は百科事典だったりしますが、ほぼ楽譜ですね」
「あのこれ、全部ハープの曲なんですか」
カレンは圧倒されながら棚を見上げていると、「いえ、オーケストラの楽譜も含まれています。それから、ハープ曲以外でも気になった楽譜を取り寄せたりしていたようなので、それも」と紐を結んでカーテンを留めながらハロルドが答えた。
書斎の本棚は6台ある。
曲のリストを作り、そのイメージを『概念の型』に注ぎ込むという選択を、カレンは即座に消した。
この手に負えない量にその作業を施したのでは、10年かかっても終わらないだろう。
楽譜をご覧になりますか、という申し出を断り、カレンは書斎を退出した。
可能性が一段階下がってしまったことに頭を悩ませるカレンは、次に、他にオルゴールルームと呼ばれている部屋を見せられた。
そこには呆れるほど多数のオルゴールがあった。
棚やテーブルはいっぱいで置く場所がなく、一部は無造作に積み重ねられ、また床に降ろされているものもあった。
意外にも、大体が直方体状で凝った形のものは少なく、デザインが同じものがいくつも見受けられ、コレクションとして求めたのではないようだった。
「元々結構な数が家にあったのですが、父が亡くなった後、突然大量に送られて来て……母が発注してしまったそうです。いくつか聴いて、後は手も付けずにこうして積み上がっているんです。勝手に返品もできませんし、困りました」
オルゴールから手当たり次第、"お父さんの曲"を探そうとしたのだろう。
カレンは1箱を手に取って蓋を開けてみると、カチリと音がして、カレンでも聴いたことのある有名な長調が、星の光が弾けるような音色でゆったりと流れ始めた。
その下敷きになっていた1箱には、ある小さな夜の音楽、という同じ曲名が、小さく金文字で蓋に刻まれていた。
持っているかどうかを確かめることもせずに、とにかく注文を出したのだろう、とカレンは静かに蓋を閉め、箱を山に戻した。




