(2)お菓子の家①
「おはようございま……あれ、おはようございますアスターさん。今日はお早いんですね」
昨日と同じように頓着せずバックドアを開けたミルク配達人のマリーは、いつものようには空振らなかった挨拶をきちんと言い直した。
「おはようございます」とバツが悪そうに返したカレンの目の下にはクマができている。
いつもならこの時間の台所には姿のないカレンが、寝間着でもなくうろうろしているのは初めて見たと、マリーは盛大に散らかっているテーブルに近づいた。
「パン、どこに置きます?」
配達するのはミルクだが、オプションで、焼きたてのパンを一緒に届けるサービスも行っている。
ミルク瓶は辛うじて端に乗せられたが、その他は、ボウル、さじ、木べら、ふるい、いくつかの粉袋などで埋め尽くされており、僅かに甘い匂いが漂っている。
「あ、すみません。えーと、とりあえず椅子の上にお願いします」
カレンの視線を追いかけたマリーは、椅子の上に退避させられているいつものパン籠を見つけ、大きなパン袋から丸パンを6つ籠に移した。
その間カレンは、手持ち無沙汰に木べらでボウルの中を突いていた。
ボウルとふるいの間に開かれている本をちらっと盗み見し、こんな朝早くからお菓子を、と意外に思いながら、毎度ありがとうございます、と外に出ようとしたマリーに、「あの、コレットさん」と、思い切って、という響きを帯びた声がかかった。
「はい、何でしょう」
ドアノブから手を離してマリーが振り返ると、カレンは木べらから手を離しており、諦めたといったふうに問いかけた。
「形の整った焼き菓子を売っているところって、ないですかね」
「え?」
*
カレンは買い整えた菓子を種類ごとに皿に並べた。
長方形で厚みのあるクッキー、細長い筒状のクッキー、各種チョコレート、キャンディ。
必要数をいまいち定められなかったため、それぞれの皿は山盛りになっている。
ここまで準備して失敗はしたくないな、とボウルに開けてあったタブレット型のチョコレートを湯煎にかけ、木べらで少しずつ突く。
チョコレートは繊細で、菓子として綺麗に仕上げるには温度を上げて下げて上げて、という作業が必須らしいが、今日は糊として使うだけだからただ溶かせばいい。
人には得意不得意があり、苦手なものはもうどうしようもない、とやけくそでチョコレートを混ぜる。
テーブルの上からは、ミルク瓶はさすがに退避済みだったが、最後まで片づける気力が保てなかった結果の、使いかけのボウル、さじ、木べら、ふるい、粉袋が、ぎりぎり落ちない位置にみっちりと固めてあった。
カレンは普段の食事は適当だったが、面倒なだけで、やろうと思えば人並み程度に料理はできた。
しかし菓子については、どうしても粉や砂糖の機嫌を上手に取れず、味は悪くなくとも、歪んだり萎んだり、ムラができたりして、これこそが菓子というあるべき姿にでき上がらない。
"ものづくり"を仕事にしておきながら、見た目を整えられないのは実は致命的ではないかと思う一方で、魔法で造形をする時はほぼ失敗をしないため、やはり単に菓子製造と仲良くなれないだけとカレンは自称していた。
そもそも菓子職人の修行をしているわけでもなし、整った菓子が手に入るなら買った方が早いし、と性懲りもなく挑戦して玉砕した事実から目を逸らし、木べらの先に目を落とすと、適当に回していた先でチョコレートは、完全に液体化して、早く次の作業に移れ、と退屈そうに渦を描いていた。
家で最も大きな皿の上に、クッキーを積み重ねて縦横高さを出し、チョコレートを塗ったクッキーを周囲に貼り付けていく。
全てクッキーで囲うのではなく、溶かして流し込むやり方を諦めて買った四角いキャンディも嵌めていく。
さすが菓子屋が作ったものは、形がどれも正確ですっきりしており、油断をしなければ隙間はできない。
壁面を終えると、今度は直方体のチョコレートを丁寧に階段積みにし、そこに焦げ茶のクッキーを屋根として斜めに付ける。
菓子が作れないだけで、それを組み立てるだけなら別に特に問題はない。
チョコレートで貼り付けておいた煙突を足し、ドアと柱を壁に貼り、色付きの丸チョコレートも飾り付けた。
中に区切りを作って部屋にする、という芸当はさすがにできなかったため、余った菓子でテーブルや椅子などの家具も作り、できあがった家の前に並べておいた。