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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(10)ゴマが開ける扉③

カレンは、「なるほど」と、店主の言った通りのものを思い浮かべてみる。

据え置き金庫は大きすぎるが、手提げくらいなら鍋に入りそうだと、カレンは鍋の容量を気にする。

『開けゴマ』では誰でも開けられてしまうので、所有者が言葉を自由に設定できるようにしなければならない。

言葉は最初に設定したものが固定されるのか、後から変えられるようにするか。

後者は、魔法としてはちょっと難易度が高いかもしれない。

それよりも、工夫して、通常の鍵と二重に掛けられるものにできればより安全になる。

せっかく異国の物語が起源なのだから、それに寄せた意匠の方が想像しやすい。

例えば大理石と緑色の石を外側に、縁取りは金銀で飾る。

あまり目立つと金庫の役割が削がれるので、宝石をちりばめるのは控えるにしても、そのように見せたい気持ちには駆られる。

そこまで考えて、カレンは思わず声を弾ませた。


「すごく良いですね」

「でしょう!思い付いたとき、こりゃあ良いって思わず声上げちゃって、家内に妙なモンを見る目をされましてね」


ちょうと本を読んだばかりだったためか、少し考えただけでイメージが簡単に膨れ上がり、カレンの製作意欲は俄然掻き立てられた。

仕事の依頼ではないものづくりを、してみたい気持ちが起こったのは久しぶりだった。

依頼は今も混んでいる、そこに趣味の製作も手がけるとなると、文字通り捻じ込まなければならない。

気の毒にも、睡眠時間はいつも削られるべき候補に挙がった。


ただ躊躇されるのは、アイディアは店主のものだ。

以前、鏡の案件にアイディアの盗用だと怒ってくれたのはこの人であり、同じことをカレンが店主に対してしでかすわけにはいかない。

しかし試してみたい気持ちは募る、今更押し込めるのはもう無理だ。

試作だけなら、商品化ではなく作れるかどうか試すだけならいいかな、とカレンは算段し、冷や汗を掻きながら


「あの、私、試しに作ってみてもいいでしょうか。できるかどうか実験してみたいなって、思いまして」


とカレンにしては思い切って頼んでみた。

すると、店主からは


「どうぞどうぞ!ぜひ作ってみちゃってください」


と喜色満面付きの快諾が得られた。

カレンが「ありがとうございます」と喜ぶと、店主は続けて茶目っ気たっぷりに言った。


「これを思い付いたとき、アスターさんの顔が思い浮かんだんですよ。アスターさんなら作れるんじゃないかなあ、ってね。

あ、ただし材料はうちで買ってくださいよ」

「それなら、伝票切ってもらっちゃいましたけど、今から追加注文お願いしてもいいですか」


カレンが身を乗り出すと、店主は「えっもう材料の話できちゃうの。早いなあ」と言いながらも、新しい注文用紙を取り出した。

店を出たカレンは図書館に引き返し、先程の本、『開けゴマ』の本と周囲に並んでいた関連本とを追加で借り受けた。

今日は今入っている依頼のイメージ作りをして過ごすつもりだったのに、今日のカレンはもはや仕事モードに切り替えるのは無理だった。

こういう時は、心にかかっている方をまず終わらせるに限る。

ゴマの本を読んで、『概念の型』を仕上げて、それから依頼の方の本読みをして。

仕事でも趣味でもやることは同じだなあ、と苦笑しながら、カレンは作業の順番を組み立てた。




手提げ金庫は、その後イメージの修正を行って、通常の鍵との併用を考えて、既製品に外観を変えるのと、合言葉による閉開錠を行う魔法を付与する形に着地した。

試作品を素材屋に持参すると、店主は「これはまた随分本格的な、異国情緒溢れるモンになりましたねえ」と一頻り感嘆した後で、


「しかし、合言葉が『開けムギ』って……もう少し何かこう、何とかならんかったんですか」


と呆れ声を出した。

カレンは、


「すみません、魔法かける直前で気づいてその、慌てちゃいまして……」


と縮こまる。

金庫の所有者が後から合言葉を設定する仕組みは、どう頑張っても無理だという結論に達しはしたのだが、鍋に金庫を沈めて、では『概念の型』も投入というところで、『概念の型』に載せていなければならない"呪文"を、書き落としていることに気が付いて、カレンは慌てに慌てた。

慌てるカレンはいつも通り碌な行動をしない。

実際、もう材料は入れてしまったし火は着いているしで時間が全くなく、焦りが捕まえた言葉に安易に飛び付いた、そう、本に書かれてあった、主人公の兄が間違えて発した麦であった。

本当は大麦か小麦なのだが、どこかの子供が『ムギ』と口に出していたのが、脳内にこびり付いていたせいでもあった。

試作だからと開き直れず、物語のように言い間違える者が出て来たら金庫は簡単に開いてしまう。

しおしおとしているカレンに、店主が


「で、これはいつ売り出すんです?」


と尋ねた。

カレンは虚を突かれて顔を上げた。


「商品化?」

「ええ。だってそのつもりで言ったもの」

「売り出してもいいんですか?アイディアはその、店主さんの」

「いやいや、実際に形にしたのはアスターさんでしょう。アイディア出した私が良いって言ってるんですから、思う存分やってください。

ただ、材料はうちで買ってくださいよ。それが条件」


最近、受注生産ばかりで一般消費者向け商品は手がけていない。

カレンは戸惑いながら、店頭に並ぶ手提げ金庫を想像した。

幸いなことに、今は順調に注文が入って来る身にはなったが、もしそうならなければ自分のアイディアだけを形にしたものを、広く販売する道を進んでいるはずだ。

気に入ってもらえた度合いが、販売数でまともに現れる、怖いことだがものづくりで食べている者が誰でも通るべき道だった。

まあ、ランプの時のように変な客に出会うきっかけにもなりかねないけど、とカレンは苦笑いしつつ、たまには初心を思い出すべきかと


「じゃあ、久しぶりにクリエイターズマーケットに出そうかなあ」


と呟くと、発案者の店主から、


「いいですねえ。ただ呪文は胡麻と麦以外にした方がいいですよ」


とにやにやしながら釘を刺された。


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