(10)ゴマが開ける扉①
ミルクとパンは配達してもらっているが、当たり前だがその他の食料は自力で調達しなければならない。
作業部屋に籠っているだけで空腹になってくるし、食べないわけには行かないが、億劫なので買い出しには出かけるのは週に2度にしている。
本当に立て込んでいる時はその2度さえも手間に感じるが、そうするとミルクとパンだけで生きることになる。
怠惰の代償を何度か払って懲りてから、カレンは"2度ルール"を守るようにしていた。
出かけない日に見る風景は、空とポスト周りだけであるため、外に出ると、思いがけずに季節が進んでいることもしばしばあった。
葉の色が変わっていたり、収穫祭の飾り付けが始まっていたりするのを見かけて、そういえば空気の質も変わり、だんだん乾いて来たと気が付く。
季節だけではない、店の看板が変わっている、空き家になっているなど、よく知っている町並みも不変ではないと驚かされたりする。
よく見知っているつもりだったのに、取り壊された跡を見ても、ここにどんな建物があったのかどうにも思い出せない。
お前は日頃何を見ていたのかと、誰からともなく咎められている心持ちに陥る。
それにしても、まだ昼前だというのに町中に子供の姿がやたらと多い。
大声を上げながら駆けていく小集団と何度も擦れ違い、今日は午前授業なのだろうかと予想を立ててみる。
「開けムギ!」
「ちっげえよゴマだよ」
「ムギってハリーが最初に言ったんだよー、勝手に使ったらダメなんだよー」
「開けゴマ!ガラガラ、ドーン」
「うわっゴーレムがあらわれた!」
「ゴーレムじゃねえよ、キンギンザイホウだよ」
元気だなあと聞くともなく耳に入って来る声の中に、似たようなフレーズが繰り返し出て来る、とカレンはそのうち気が付いた。
ほとんどが開けゴマ、時々、閉じよゴマ。
(ゴマ、って胡麻?)
胡麻以外の"ゴマ"を知らないカレンはそう連想するしかなかったが、胡麻が開くとはどういう状況なのだろうとカレンは首を捻った。
胡麻は莢の中に種ができるので、胡麻の莢が開くのかとも思ったが、子供達が胡麻の収穫を気にするとも思えないし、さらに閉じるの意味が分からなくなる。
しかも、莢が開くとゴーレム又は金銀財宝が現れるという。
チューリップを見てからそれほど経っていないカレンは、まさかまた新種の植物が見つかったのかとちょっと時めきながら、そんなスクープが新聞に載らないはずがないとすぐに期待を引っ込める。
あれかな、子供がよく異彩を放つ、ニックネームとか通称とかそういう種類の名づけかな、と思いながら、カレンは店巡りを続けた。
いつもの食料品店で、塩を1袋測ってもらっているところに、ドアベルが激しく鳴り、店の子が「開けゴマ!」と駆け込んで来た。
すかさず店主の妻で、母たる女将が雷を落とす。
「帰ってきたら『ただいま』だろうが、お客が来てんだよ喧しい!」
「ただいまいらっしゃーい」
子は、慣れた足取りで母の脇を擦り抜け店の奥に消えたが、何やらごすっと鈍い音の後、すぐ戻って来た。
背負っていた鞄を捨てたらしく身軽になった子は、「遊んで来まーす」と、二の句は聞かないよと言わんばかりに、母に引き留められる前に飛び出して行った。
まだベルが揺れているドアに、再び「開けゴマ!」と命じながら自力で開け、母の怒鳴り声はけたたましく打つベルに半ば消された。
立て続けのベルが間近で鳴られるとさすがに鼓膜が痛いが、押さえるわけにもいかず耐えていると、女将が辟易しながら謝罪を述べた。
「あの子はもうホントに……煩くてすいません」
「いえいえ。まあ元気が一番ですから」
「元気過ぎて困っちゃいます、宿題はいつするんだ、っていうね」
「はは……あの、さっきの『開けゴマ!』って学校で流行ってるんですか?ここに来るまで子供達が口々に」
予想の答え合わせがしたくて、カレンに袋を受け取りながら尋ねると、おかみは、「ああ、呪文らしいですよ」と答えた。
「呪文ですか?」
「ええ、盗賊が宝を隠してる洞窟を開ける呪文らしいです。教科書にそういう話が載ってるとか」
「へえ。魔法の勉強じゃなくて、教養なんですか」
「そうそう。何でも外国の話だとかで。皆ちょうどそこをやってるらしく流行って流行って、何を開くにも『開けゴマ!』なんですよ。煩くて」
誰もが同じ言葉を用いてドアを開けられるなど前代未聞であり、呪文と聞いて変だなと思ったが、やはり魔法ではないのかとカレンは納得が行った。
しかし、そんな面白そうな話が教科書に載る時代になったのか、とカレンは感慨を受けながら帰路に就いていた。
カレンが学んでいた頃のスタフィー州では、いわゆる国内の名作が学習の中心にされていた。
それはそれで決して悪くはなかったが、この年齢になり、職人の仕事に就いてみると、イメージを膨らますためには種々の知識に触れておいた方が良かった、と損をした気分になった。
カレンがそう自分を甘やかすたび、別に今から学び直せるだろうという容赦ない鞭が、厳しい自分により脳内に打たれる。
まあ、興味があるので調べ物のついでがあれば図書館で見てみようと、カレンは痛む胸を押さえつつ計画した。




