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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(9)魔神が棲むランプ④

ただ、いくら暗記しているとはいえ、魔法をかける時にはうっかり言葉が欠けることもある。

呪文ではないのだから欠けても問題はないはずなのだが、精神の動揺が結果に直結するため、緊張を強いられる。

他方で、言い間違わないことに気を取られすぎても駄目なので、とにかく余所事を頭から全て追い出し、目の前の魔法を実現することにだけ集中しなければならない。


(ええと、齧って、切って、分けて、食べて……)


カレンは、すばやく頭の中で言葉をなぞってから、


"A was an apple-pie,"


と詠み始める。

メロディは付けない、付けると歌声で気が散る。

今何番目なのか、かきまぜ棒を握る指を追って忘れないようにする。


(開けて、覗いて、4つに分けて……)


Xに辿り着くと文の構造が変わるので注意が必要、Zを超えると魔法の終わりと緊張が走る。

カレンは息を吸い、声が震えないように、一言も踏み外さないように、


"All wished for a piece in hand."


と唱え、あたふたとかきまぜ棒を抜き取り、鍋を覗いた。


「あっつ!」


湯気が顔面を直撃し仰け反ったカレンは、慌てて水でじゃばじゃばと顔を洗う。

鍋よりも湯気が危ないことをいつまでも学習しない、火傷しかけるたびに思い出し、反省し、そしてものづくりの本筋ではないのですぐに忘れるのだった。


粗熱が取れた液から成果品を取り出したところで、カレンは魔法が成功しているのかどうか、どうやって確かめるのか考えていなかったことに思い当たった。

冷静に考えれば、客が準備する魔神以外のものをランプに定住させてしまうことになるので、そもそも検品ができない類の注文だとすぐに分かるのだが、経験の浅かったカレンは妖精はどこに行けばいるものなんだろう、その辺にいるはずがない、と慌てに慌て、最後まで気づかないまま、先方に検品はできていないため、効果を確かめて欲しいという謝罪を添えて、祈りを捧げながら品物を送ったのだった。



客から送られてきた小包に、カレンは祈りが届かなかったと悄然としたが、包みを解いて意表を突かれた。

てっきりランプが送り返されて来たと思っていたが、中に入っていたのは、両手に乗るくらいの、金属製の如雨露じょうろのような見慣れない器具だった。

中に液体を入れて何かに注ぎ出すような、ソースポットの開口部をもっとずっと狭くして、蓋を付けたものと言っても良いかもしれなかった。

何だろうこれ、と首を捻りながら、同梱されていた手紙の封を切る。

手紙は再度の依頼状となっているようだった:


『親愛なるミス・カレン・アスター


このたびは、成果品を送ってくださり誠にありがとうございました。

ご心配の効果につきましては、全く問題なく発動したことをご報告します。

珍しい道具から魔神が現れる姿はなかなか滑稽で愉快でありました。

さて、たびたびのお願いで恐縮ですが、同じ魔法を、同梱したランプに付与していただいてもよろしいでしょうか。

説明不足で大変申し訳なかったのですが、私どもの国では別添をランプと呼んでおります。

貴殿から頂戴したランプも非常に興味深くはありますが、ガラス部分があって持ち運びに不便でありますゆえ。


なお、送っていただいた成果品については、』


カレンはそれ以上読み進めることができずに、手紙を持ったまま寝室に駆け込み、ベッドに身体を投げ出した。

そのまま足をバタバタしながら、枕に顔を押し付けて、しばらく濁った煩悶の声を断続的に上げていた。

顔は燃えるように熱く、背中には冷や汗が流れる先を失って溜まっていた。


*


怒られなくて良かったなあ本当に、とカレンは項垂れる。

もちろん、"ランプ"を受け取ってからすぐに、その日のうちにカレンは『概念の型』を書き直し魔法をかけ、次の日の朝一番で郵便へ駆け込んだ。

それに対しては後日、満足したとの褒め言葉を礼状にて受け取ったが、あの依頼から、カレンは不明点を全部潰さない限りは魔法は始めないことをぎりぎりと心に刻み込んだ。

イメージ作りに際し、質問魔かつ調べ魔になったのもあの時からだった。

あの案件は、少なくとも紙面上では、客が面白がってくれて非常に幸運だったが、普通であれば注文通りに作らない職人側の手落ちだと咎められ、もう少しで信頼を失う事案だった。

カレン自身も中途半端に魔法を使ったという自覚があり、職人失格の烙印を押されても仕方がなかった、とカレンは嫌な音で鳴る心臓を服の上から押さえる。

何年も経った今思い出しても血の気が引き、ベッドに飛び込んでいきたい気持ちにさせられる大失敗は、"ランプの要求"を目にするたびにカレンのもとに還って来た。

カレンはそれが嫌で堪らなかったが、反面、初心忘れるべからず、と定期的に戒めてくれるものとして、この強欲な差出人を嫌いになれないのであった。



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