(9)魔神が棲むランプ③
やきもきしながら待っていた返事は思ったよりも早く届き、カレンが怖々と中を読むと、幸運にも断りの文句は書かれていなかった。
ただし、提案の通りで良いが、定める場合の主語は魔神ではなく依頼主である私にするように、それから敢えて一切飾り気のない、あまり綺麗ではなく、どこにでもある平凡な見た目にして欲しいという指定がされてあった。
カレンは安堵しながらも、珍しい人がいるなあと率直に思った。
魔法のかかった商品を求める場合、込められた魔法の効果だけでなく、見た目も重視されるのが通常だと先輩職人達が口を揃えて言っている。
カレンもそう思うのだが、それが実際に当てはまらないケースに出会うと、あくまでこれは例外なのか、それとも己の物差しを更新するべきなのかどうなのか、経験の浅い当時はしばしば迷っていた。
仕事を始めるといろいろあるもんなんだな、とカレンは少々追い詰められる気分になりながらも、注文に従い、"魔神が棲むランプ"作りに取り掛かることにした。
敢えて平凡と言われているから、既製品のランプに魔法を付与する方法を採用することにして、『概念の型』はどうしようかと思案する。
せめて、魔神がどんな姿形を基本としているのか、どの妖精に似ているのかくらいは知りたいところなのだが、これから確保すると言っているのに絵を描いてくれというわけにもいかない。
一応、図書館で魔神なるものを調べようとはしたが、妖精事典には載っていないし、魔神という言葉がタイトルに入っている本も見つからず、その頃は司書に聞くという方法を思い浮かべることができず、空しく帰って来た。
とにかく、魔神が帰る場所というところに重点を置いてイメージを作るしかないか、と犬小屋という印象を懸命に振り払って考え始める。
・ランプは魔神が帰る場所
・ランプを擦った者を主とする定めを受け取る
・擦ると灰色の靄として外界へ噴き出し、一ところに集まって本来の姿を主に示す
・主の指図に従い主を助けるのを使命とし、ランプを擦りながら乞われれば粛々と帰途に就く
イメージというより機能を並べたただけになってしまった、とカレンは納得の行かない面持ちでメモを眺めた。
魔神の姿形も明らかではなく、ランプにも特徴がないのでは、カレンがいくら面白い依頼だと感銘を受けても、それだけでイメージを膨らますには足りない。
ただ、もうどうしようもないかな、と今ならば絶対にしない妥協を、この頃は時折しでかしていた。
他方で、失敗したらやり直せばいい、という思い切りの良さがあったのもこの頃で、それは経験とともに慎重さに置き換わっていったが、当時はそれがエネルギーとして良い方向に働くことも多かった。
カレンは清書をした本からページを破り取り、台所に移動する。
テーブルには既に、以前マーケットでランプを出品した時に、予備で買ってそのままになっていた未処理のランプが乗っていた。
当然といえば当然だが、今から店で探しても、あまり綺麗ではないという要件を満たすものは置いていない。
中古を買うわけにも行かないため、新古品が手元に残っていて良かったと、鍋の底へ、そのランプを慎重に降ろし横向きに寝かせると、乳白無地の陶器の瓶から例の液体を、ランプに全て被る量を注ぐ。
火を着けて、かきまぜ棒を差し、大きく息を吐く。
カレンが呪文、つまり最大限に集中するための文句としてABCの童謡を選んだのは、結果的に魔法の成功率がずば抜けて高かったからではあるが、何故そうなるのかはカレンもよく分からない。
ただ、職人を名乗る前の、自分の魔法をまだ探していた頃、失敗が続いて腐っている時に、試しにこの耳慣れた詩を使ってみたところ非常にうまく行った。
上の空になっている時に自然と舌の上で転がしてしまうのが、子供の頃に学習目的で散々歌い、脳に染み付いているこの詩だったというのが、カレンの後付けの理由だった。




