(9)魔神が棲むランプ①
今年もまた、この依頼が来る時期になったかあ。
カレンは見覚えのある封筒に、見覚えのある差出人の名前を認めて、細く長い溜め息を吐いた。
この差出人は、カレンが駆け出し同然の頃から、カレンにお願いという名の要求を書き送って来ていた。
曰く、貴方の作った物が世に出回れば、皆を幸せにすると褒めに褒め、販売や宣伝を任せてもらえれば貴方には手間をかけない、ものづくり界隈に華々しいデビューを飾れる。
初めの頃は、週1回という恐るべき頻度で届いていて、まだ若く客との折衝も下手だったカレンは、自分のことを買ってくれている相手をあしらうことができずに、毎度断りの言葉を探すのに苦労していた。
が、相手の文面が泣き落としを経由して、製作方法を教えろ、権利を売れという脅しが混じり始めたところで、さすがにこれは異常だと不安になり、その時は職人でも何でもない両親に手紙で相談をした。
両親からは、何故こんな奴を相手にしたのか、いつまで我慢しているんだとしこたま怒られ、両親の勧めで足を運んだスタフィー州都の職人組合では、貴方の対応では相手を助長させるだけだと咎められた。
悄然としながら、教わったとおりきっぱりとした断りを書き、この文章は職員組合の指導を受けているという警告を付記した手紙を送ったところ、攻勢はぱたりと止んだが、その後も、この頻度ならば良いだろうというつもりなのか、半年に1度程度、時候の挨拶に紛らわせて要求を続けていた。
カレンも、再開した1通目こそどうしようと持て余したが、もう返信しないよう組合からは諭されていたし、受取拒否はしないでそのままにした。
送付の頻度が以前ほどではないのと、要求の言葉を毎度工夫して、手を変えを品を変えこちらの心を傾けようとしているのが、慣れてくるとだんだん面白くなり、今では風物詩扱いしていた。
念のため手紙を隅々まで読み、脅し文句がないことを確認すると、壁にかかった"済の箱"に手紙を入れ、箱の口がもぐもぐとするのを相変わらずコミカルだなと目で楽しんでから、カレンは机に座ったが、手はペンではなく既に灯っているランプに伸びた。
調節ネジを少し捻ると、部屋中が文字通り隅々まで明るくなる。
炎の煌めきを直に受けているカレンは影を引いていない。
本棚からあぶれている本も、積み重ねられた箱類も、光源から離れているのに元の色合いがはっきり見える。
巨大な照明が天上から吊るされてでもいない限り、こういう明るさがもたらされるはずがないところを、このランプは、部屋が暗くて不便だとホヤに魔法をかけて、物理の法則を崩したカレンの製作物だった。
半年に1度要求されているのは、このランプの製造販売の権利だった。
発端は、自分で使うために作ったものを、職人組合が各州で開催しているクリエイターズマーケットに出品したことだった。
新米職人は、顔と製品を覚えてもらう絶好の機会として出品が勧められており、カレンはとりあえず、売れないと材料費は回収できないから、と悩んでその頃に作ったばかりのランプを10個ほど出してみた。
10個全て売れたのは嬉しかったのが、その中の1個を購入したのが、件の差出人だったという貧乏くじも引く羽目になったのだった。
権利って言われても、とカレンは腕組みをする。
職人は、それぞれ独自の魔法でものづくりをするから、製造はその職人しか行えないため、魔法のかけ方だけ伝えたところで何の役にも立たない。
販売の方はまあ職人の得手ではないので権利を他人に譲り渡すのは可能だが、そもそもまず製造しないと販売に移れないということで、要求として意味をなさない。
『実際に着ずとも試着姿が映る鏡』の時のように、アイディアを他の職人に伝えて実現してもらう選択もあるだろうに、差出人はカレンに粘着し続けている。
年齢と経験を重ね、変な客にもそれなりに出会うようになって当初の恐怖感はなくなったものの、そろそろ諦めて欲しいというのが正直なところだった。
このランプはもし本格的に販売するなら、何らかの改良を付け加えたいところだが、何分じっくり考えている余裕がない。
以前オリバーにプレゼントされた花びらだって、引き出しの中で待機中なのだ。
こっちは必死に生きているのだから、無体を強いないで欲しいとカレンは思う。
手紙を見るたび、ランプに構っている暇はない、とカレンはいつも心の中でランプのことを貶めた。
正直なところ、ランプのことは頭の隅に追いやっておきたかった。
ランプは、いつも渋い思い出、ものづくりで初めてしでかしてしまった大失敗を記憶から連れ出して来て、カレンを居た堪れない気持ちにさせるからだった。




