(8)姫が生まれるチューリップ①
うっかり、"頭から被ると身体が大きく・小さく見える布"の提案をしてしまったおかげで、2週間と経たないうちにカレンは首都ビゼーリに赴く羽目になった。
それどころか、劇団の"巣"と呼ばれている専用劇場内の室で、劇団の実にさまざまな担当者と、他の道具類の受注者、元請けなどの関係者を交えた席に着かされ、侃々諤々(かんかんがくがく)に巻き込まれるという散々な目に合った。
打ち合わせと称するその席には、ピオネル社からも、レオンとその上役らしい人物が来ていて、カレンは、レオンを介して、集った者達の紹介と挨拶を次から次へと受けたが、多すぎて誰一人として、名前・顔ともにまともに覚えられなかった。
しかもレオンは、具体的な話が始まると静かに退席していってしまった。
この中で、カレンの顔を知っていたのはレオンだけなため、首実検だけの目的で呼ばれたのだろう。
顔見知りがいなくなった、と気づまりに感じたカレンの勘は正しく、あまりに大勢の初対面の顔が、都会的な剣幕で物事を決めていく速度にカレンは早々に付いていけなくなった。
ものづくりの技術の話なら、普段は臆することなどないのだが、カレンは相談が必要な時も静かにじっくりやりたい性質であり、このような溌剌とした会議には完全に場違いであった。
必要な調整は他の参集者の抜かりなさによって全て済んだものの、カレンは縮こまり、尋ねられた時にのみたどたどしく口を開くという体たらくだった。
終了後、恭しく送り出される頃には、カレンは気力を放出し切った抜け殻になっていて、取ってもらったホテルに直行すると、食事も取らずにそのままベッドに倒れ込んだ。
やっぱりビゼーリは疲れる、まだまる1日も滞在していないが、容赦なく元気を吸い上げられる、とカレンは羽根布団に溜め息を吹き込んだ。
見慣れない光景、見慣れない顔に取り巻かれているのだから当然のことだが、それらを除いてもどうもビゼーリという都市と仲良くなれる気がしない。
もし仮にここに住むことになったら、文字上は住めば都にはなるが、委縮してしまって、ものづくりのためのイメージが膨らまないなどという自体になりかねない。
鍋を掻き混ぜるのにも向いていなさそうだし、とカレンはベッドからはみ出している足だけを行儀悪く振り、靴を絨毯に落とす。
当初は、今日中に帰るつもりだったのだが、バーミアとビゼーリとの間を1日で往復するのは無理だと何度か宿泊を勧められ、宿代も持ってもらえるということだったため、気が進まないながらも申し出を受けたのが結果的には正解だった。
このまま帰るのは無理だった、と気を回してもらったことに感謝したが、その感謝は長くは持たず、沈む意識とともに、明かりも点けない部屋の闇に引き込まれていった。
翌日、朝まだきに目が覚めたカレンは、懐中時計を光らせて時間を確かめ、服も替えず湯も使わずに眠ってしまったことに苦笑しながら、のろのろと身体を起こした。
馬車は午後3時発であるため、バーミアに帰る前に、仲介人に挨拶に行くことにしている。
カレンは、まだ冴えていない目を擦りながら浴室に向かった。
昨日は、到着したそのままの状態で打ち合わせに出席したため、大分砂埃まみれで周囲に不快な思いをさせたかも、と今更ながら恥ずかしい気持ちになる。
今日も今日とて、最終的には長時間の馬車で砂埃まみれになるのだが、世話になっている人に小汚い恰好をしているところなど絶対に見せられないし、何よりこの都会では白眼視の対象として逆に目立ってしまう。
口の中が粘るなあ、と気にしながらカレンが浴室のドアを開けると、室内に空腹を訴える音が反響した。




