(7)白ウサギの扇子②
分かる、分かるのだ。
こういうアイテムは、間違いなく作品の魅力を増す不可欠な要素になっている。
悪戯な少女が、飲んで、と誘われて華奢な瓶に口を付ける。
ああ怪しいものを、と読者ははらはらしながら少女とともに瓶を飲んだ気になり、少女が案の定伸びたり縮んだりするのに、やっぱりと苦笑して、元に戻る方法を一緒に探すのだ。
ただそういう再現は、紙の上、読者の想像の中でだけ行われるべきものだ。
現実に、魔法のかかったものによって身体が変化することに、カレンは抵抗を感じた。
「これって、国の許可は出たんですか」
「出たみたいですね。製造方法と性能を厳重にチェックすることを条件に、ですが」
髪の色などに変化を起こす食品や道具は、かつてジョークグッズとして豊富に販売されていた時代もあったが、いくつか事故が起こったこともあって、現在は出回っていない。
その頃でさえ、変化は微妙でごく短時間なものに限られていたのに、時間管理に馴染まない舞台上で保つほどの強固なものは市場にはなかった。
今回は、舞台自体を国が後押ししているのだから、門前払いで不可とは言わないのか、とカレンは一応状況自体はは理解はした。
が、果たしてそれでいいのかと疑問は拭えない。
注文の機能を備えた扇子は、カレンの魔法で実現ができる。
正装したウサギ役の男性の持ち物として、上等な外観のものは作れるし、効果も、身体を縮めるというより、魔法で大きくなってしまった体躯を元に戻す、という内容に絞ってかけることはできそうだった。
しかしカレンは迷う。
カレンの感覚が、そういう道具には手を出さない方がいい、と訴えている。
役者にとっての舞台は、職人にとっての製作物と同じだ、何とかしてその質を上げたい気持ちは分かる。
しかし、だからといってどんな手段を取っていいわけではない。
魔法が作用するのは人の身体だ。
怖くないのかのだろうか、舞台の上で巨大になってしまった身体が、台本通りに道具を使ったのに元に戻らない、万が一そんな事態が起きたら。
後からどんなに手を施しても、元の生活に戻ることができなくなったら。
私が作ったものが、そういう事態の発生に加担するする結果になったら。
「……あの、ちなみにどうして私に依頼を?」
「ミス・アスターなら実現可能だろうから、是非ともお願いしたいということでした。お名前はもう元請けのリストに載っていますから」
「リスト?」
「職人のリストですね。元請けが抱える案件は大体でかいので、どの方が何を得意とされているかをリストにしてるんです」
鏡の時と似てる、とカレンは手をぎゅっと握り締めた。
作り手の倫理が問われ、仲介者への恩義が枷になる。
ピオネル社との付き合いはまだ一度きりだし、会社であるから、断っても取引の一場面と割り切ってくれるはずだ。
ただ、自分の評価については、間違いなくレオン達が口添えしてくれたのが大きい。
そんな相手に、技術的にできないわけでも、それほど多忙でもないのに、内容に抵抗があると言い出すのは躊躇われた。
固くなった思考が袋小路から出て来られなくなったカレンはとうとう、
「……ちょっと考えさせていただいてもいいですか」
と言わざるを得なくなった。
「お、アスターさんでも難しい内容ですか?」
「いえ、何というかその、ちょっといろいろ調整が必要で」
カレンは目を合わせられず、取り上げたカップで口を塞ぐ。
レオンは、妙だなと首を捻った。
前回、もとい初めての依頼時は、こちらから提示した内容に対する答えは冴えていた。
これこれの条件を満たせば製作可能と、可否を障害とをはっきり示し、こちら側がどう対応すれば明確だった。
しかし、今日はできるともできないとも言わず、調整という曖昧な一言だけで実に歯切れが悪い。




