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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(6)赤い靴③

普段なら目指さない、とあっさり答えて終わりのところだが、先日、素材屋の店主から同じ問いを受けたばかりのカレンは、聞き捨てることができず、怪訝な顔で妹を見た。


「何なの突然。何でそこで魔法使いが出てきたの」

「え、何となくだけど。バーミアで誰か魔法使いになったんでしょ。身内に魔法使いいたら自慢できるなあ、って」


カレンは半分安心して、「ああ、そういうこと」と答えた。

新たな魔法使いが誕生すると、国内に公告がなされる。

杖の所持と外遊が許されているのが誰かを宣言するという意味もあるのだろうが、栄誉を得た者の名は皆に知られるところになる。


「突然何かと思った。なれるかなれないかは置いといて、そもそも私に向いてると思う?魔法使い」

「思わないけど。でも、凄い頑張れば、なれるだけはなれるでしょ、お姉ちゃんなら」

「そこで頑張るか頑張らないかが差なんだよ。大体、仕事忙しくて魔法使いの勉強する暇がないし」

「そんなに忙しいの?」

「まあねえ、注文が一定してないから波はあるけど、立て込むと普通に真夜中になるかな」

「あー、お姉ちゃんの魔法って時間かかるもんねえ。ちゃんとごはん食べてる?」

「……生きていられるくらいには食べてる」

「ホントに?『概念の型』だっけ、あれもう少し短縮できればね」

「仕方ないよ、いろいろ試してうまく行ったのがアレなんだもん。自分でも大分不器用だと思ってるけど、あれ以上どうにもなんないし」

「でも良い物を作れるんだからいいじゃん。造形屋さんって呼ばれてる職人さん、そんなに多くないでしょ」

「まあ……ねえ」

「だから、お姉ちゃんなら頑張れば魔法使いにもなれるんじゃないかなって思っただけ」


先日悩んだばかりのカレンは何と答えていい分からず、できあがったメモをローズに渡した。

それをハンドバッグに仕舞いながら、ローズはカレンの葛藤を先回りするように、諭す口調で言う。


「だからさ、こんなにお姉ちゃんを評価してる妹に、上手に踊れる靴の方を作ってくれてもいいんだよ?」

「いい加減にしろ!」


*


・履いた者の姿勢は、頭頂部から内くるぶしまでが一直線に、整ったバランスを保ち、どんな舞いにも崩れない

・踊りに合わせて手足はしなやかに伸び、跳躍は風に乗る

・矯正によって蓄積した身体の疲労は、履いた者に伝達する


最後の行は、ローズが靴に踊らされないように配慮したものだ。

疲れを自覚せずに踊り続けられる靴は理想だろうが、裏を返せば、履く者の気力と体力を根こそぎ奪う悪魔の道具になる。

正しい姿勢へと導く道具を用いて、努力して技術を磨いていく、カレンは『概念の型』をそのように位置づけた。

ローズはそうじゃない、と文句を言うだろうが、踊り終えて靴を抜いた途端に立ち上がれなくなるのも本意ではないだろう。

ただ、それ以外のところ、履いた者が"美しく"見える点については、姉の情けでもう少し言葉を探して飾りつけようとカレンは考えた。

ただでさえ練習から逃げ回るのだから、あまりに努力の程度に依存させてしまうと、靴だけ目立って可哀想なことになる。

ならばせめて、履いて立っている姿くらいは綺麗に見えるように、と候補のメモを取り始めた始めたカレンは、途中でペンを止めた。


ものづくりの職人は、依頼人の求めに応じてものを作る。

依頼があってこその職人の仕事は成り立つ。

しかし、作ったものについての責任は、依頼人を超えて、世間一般に対して負うものだ。

カレンは、先般の2枚の鏡を思い出した。

今回の赤い靴のトラブルが、故意に招かれたかどうかはもう分からないことだが、少なくとも鏡の方は、使われ方次第で誰かの心を傷つけるかもしれないという懸念が拭えないまま製作してしまった。

私は言われた通り作っただけだ、依頼主がどう使うかまでは関知できない、そう言って果たして許されるのか。


カレンはペンを放り出し、両手で顔を覆った。

大きく息を吸い込んで、吐く、を繰り返す。

でも仕方ない、あれは仕方なかった、断りようがなかった。

あの仕事中も、終わってからも、何度も何度も自分にそう言い聞かせて押し込めて来たが、締まりの悪い蓋は機を逃さずこうやって開き、強烈な恥ずかしさをカレンにもたらした。

手のひらの中、瞼の裏は、いつもならその時に練っているイメージが星のように瞬いているが、今はただ一面の闇が光を探す視力を拒むばかりだった。


カレンは、今日はもう、イメージ作りはできないと諦め、のろのろと立ち上がる。

ペン先から飛び散ったインクが本の紙面にも落ちて、いくつか小さい染みを作っていた。

このページはもうメモにしか使えないな、と溜め息を吐きながら、カレンがランプの火を消そうとすると、懐中時計が、いつもはまだ仕事をしている時間であることを、まるで追い討ちをかけるように涼やかに鳴った。



ローズから赤い靴が届く頃には、カレンは再び仕事が立て込んで来ていて、注文への対応の狭間に、慌ただしくイメージを手直しして『概念の型』を組み上げ、魔法をかけた。

狙った効果は問題なく付与されたようで、使用上の注意書きまで添えてやったにもかかわらず、妹からは「この靴履いてると全身がすごく疲れるんだけど!」という抗議が届いたが、母の手紙によれば、立ち姿がとても綺麗になったということだった。

友達が羨ましがり、同じ靴を頼みたいとカレンへの橋渡しを次々に頼んで来るが、ローズが断っているという。

いつも良い顔をしたがるのに珍しい、余程疲れたのかしら、と母は書いていた。


どうなることかと思った仕事がうまく行ったことに胸を撫で下ろしながらも、依頼が来ても受けられる状態にはないし、赤い靴はもう作らない、とカレンは書いてやった。

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