(1)ガラスの靴③
ページを手に、ランプも持ち出して、カレンは作業部屋を出て、台所へ向かった。
ドアノブを捻り、中に入るなり暗闇だった室内が隅々まで明るくなる。
カレンはランプを中央のテーブルに置くと、調理台から下がった、子供1人くらいならすっぽり入りそうな大鍋に近寄ると、依頼状を受け取ってから、他の先の合間を縫って集めていたクリスタルガラスのエラー品やら破片やらが半分程度まで入っているのを確認する。
自力で1からガラスを作るのは、材料の配合から勉強する必要があったし、何よりここで作業すれば確実に家が燃える。
かといって外では庭の草木が灰になる。
頭を捻った結果、今回は"既製品"を使うことにしたのだった。
大鍋の下に火を入れる。
別に熱は要らないのだが、気持ちを乗せて完成度を上げるための、自分用の演出だった。
食器棚の下部に屈み、引き戸を開けて、乳白無地の陶器の瓶を取り出す。
それを、テーブルまで持って戻り、コルクを抜いて、卓上のボウルに傾けると、中身を2カップほどさらりと注いだ。
中身が半分を切ったらしいことを確かめ、また作らないとと手間を考えて頭を痛めながら、しっかりと蓋をした。
深呼吸をして、ボウルに向き合う。
少し時間が経った白ワインのような液体の円みに、切り取ったページを浸す。
すると液体は、濡らしたところからまるで咀嚼するようにページをくしゃりと取り込み、みるみるうちに同化させたかと思うと、代わりに薄く発光を始めた。
相変わらずの気味の悪さに、自作ながらも辟易しつつ、カレンはボウルを携えて大鍋に寄り、液体を一気に空ける。
すると、クリスタルガラスは触れるそばから溶け、大鍋の中に固体はなくなった。
イメージできないものは作れないが、カレンは絵や図や映像でのイメージを描くことができない。
できない代わりに言葉で『概念の型』を取り、そこから有形化する。
それが、カレンが職業として造形をするのに使う、また使える魔法の1つだった。
パチパチと火の爆ぜる音を聞きながら、かきまぜ棒を鍋に差し、もう一度深呼吸して、液面に意識を集中させながら、口を開いた。
"A was an apple-pie,"
棒を回すと、上部に漂っていた発光が粒子に砕けて鍋中に散っていく。
"B bit it,"
"C cut it,"
一言で1回転させる。
魔法は唱えるのではなく掛けるものだが、魔法は集中力だ。
発している詩に特別な力はないが、発声で雑念は間違いなく飛ぶ。
試しに止めてみた時は全て失敗作になったし、詠唱を間違えても失敗する。
"D dealt it,"
"E eat it,"
"F fought for it,"
光の粒子を溶かした魔法のガラスは自ら渦を描き始め、かきまぜ棒は次第に主導を明け渡していく。
G got it,
H had it,
I inspected it,
J jumped for it,
K kept it,
L longed for it,
M mourned for it,
N nodded at it,
O opened it,
P peeped in it,
Q quartered it,
R ran for it,
S stole it,
T took it,
大鍋の中が薄く空色がかった光で満ち、底の方が重たくなったのを手のひらに感じながら、棒を通じて力を流す意識で終盤のフレーズを、正しく発していく。
V viewed it,
W wanted it,
X, Y, Z, and ampersand
最後の一節はいつでも緊張する。
カレンはすっと息を吸い、
"All wished for a piece in hand."
と言い切るとともに、棒を一気に抜き取った。