(6)赤い靴②
ローズについても、踊りの練習に励むのではなく、靴で補おうとするところを相変わらずだと呆れたが、心躍らせながら手に入れたものが自分に危害を加えると知らされれば、落ち込むのも当然だと
被害は金だけの話ではない、美しく装いたい娘達の心に、恐怖で傷を与える結果も招いたのだ。
しかし話題の事件にまさか家族が突き当たるとは、と気の毒になりながら、返品に備え、薄葉紙で靴を包み直していると、ローズが、指に作った隙間の奥から、恐る恐る尋ねた。
「……ちなみに、この靴から悪い魔法だけ剥がすって、できない?」
「できないねえ。これはもう何ていうか靴と合体しちゃってるし、剥がせるイメージが見えてこない」
「……そっかー」
深い溜め息とともに隙間を閉ざしたローズが、姉はより気の毒になった。
靴の形は、踊る目的の割には華奢で、如何にも妹の好みに沿っていた。
危険だと分かっても手放すのが惜しいのだろう、身を飾りたい盛りの年頃なら無理もないことと思われた。
ただ、どんなに望まれてもこの靴から魔法を除去することはできない。
カレンが対策をするとしたら、効果を相殺する魔法をかけることになるが、この悪意を相殺できる魔法のイメージが思い浮かばない。
それに、万が一失敗した時のことを考えると、魔法的にいじくるのは止めるべきだと職人の勘は言っていた。
本当は、不良の理由が魔法の不具合なら、返品ではなく火にくべて処分するのが一番良いのだが、代わりの靴の足しにするために、払った金は手元に戻してやりたい。
カレンは曖昧に
「まあ、返品はできるだろうから、やってもらいなね」
と言いながら、箱の蓋を閉める。
と、妹の指に再び隙間が出現した。
姉妹の勘で嫌な予感に駆られたカレンが身構えると、隙間の精は片目だけを見せながら呟く。
「……ちなみに、お姉ちゃんは作れないの」
「……何をですか」
「……上手に踊れる靴」
いや、まずは一生懸命練習しろ。
いつものようにそう言って跳ね返せば良いのだが、状況が状況なだけに今日は姉心が湧いた。
カレンは、両親の姿勢に倣って、ローズを特段甘やかしたりはしなかったが、やはり年が離れた妹が要らぬ苦労をしなくて済むよう、義務感からではなく、手出しするかと思い至ることはままあることだった。
幸い、今ちょうど客からの回答を待っているところで、多忙の谷間にある。
カレンは大分躊躇してから、口を開いた。
「……踊ってる最中姿勢が崩れない靴なら、いいよ」
隙間の精は途端に手のひらを外し、正体を現して一転、明るい笑顔を見せた。
言って良かったと照れ臭くなるカレンを前にして、妹は嬉々として、要求を最大まで膨らませた。
「ねえねえ、なら上手に踊れる靴がいい!」
「だから調子に乗るな!練習しろ!」
やっぱりローズはローズだった、と安心半分でカレンはそれをいつものように叩き返した。
*
相談の結果、ガラスの靴のように一から作るのではなく、気に入った形を靴をローズが探して、それに魔法を付与することになった。
どうしても赤いエナメルが良いというローズの希望は通し、その代わりに、革製の、足に合っていて柔らかく踊りやすいものを選ぶという条件を付けた。
「そういえば、何で布は駄目なのに靴には魔法かけられるの」
「いや、靴も布製だと付与できないよ。革製だからできるだけ」
「何で革だとできるんだろうね」
「さあねえ。革はそれ自体が原材料だけど、布はそれより小さい単位が糸だからじゃないかな」
服への魔法付与を諦めきれないのだろう、ローズはふうん、と不納得な呟きを零した。
誰か早く布魔法を成功させてくれと思うカレンの向かい側で、ローズは姉が条件を書き留めたメモを作っているのを見ていたが、唐突に、ふと思い付いたように、
「お姉ちゃんって、魔法使いは目指さないの」
と言った。




