(4)玉手箱⑦
ミス・アスターの工房、作業場所はどこの家にも備わっている、普通の台所だった。
ダイニングテーブルに調理器具、食器棚、竈と特別な道具は見当たらない。
ただ、その代わりダイニングテーブルに山盛りに乗っているのは、食料品や食器ではなく、見たことのない不思議な色をした糸束だった。
これが、納期が1か月後の理由なのだろうかと眺めていると、ミス・アスターは恥ずかしそうに
「散らかっててすみません、作業の途中でして」
と丸椅子から物をどけて、2人に勧めようとする。
丁重に断り、落ちかかっていた束を山の上に積みながら、レオンが「凄い量ですね」と零すと、
「これでも、押し問答して800から80まで数量を落としたんです……」
ミス・アスターは何やら暗い顔で竈に火を入れた。
80、とは言うがテーブル上には80を遥かに超える数の束が乗っていた。
この糸束は原料で、これを使って作るものが80ということなのか、とレオンが考えているところに、スタンリーが目ざとく紙片を何枚か床から拾い上げた。
「この紙は?めっちゃ落ちてますけど」
「ああ、そんなところにあった……すみません、ありがとうございます」
紙はびっしりと文字で埋まっているだけでなく、どの紙にも同じ文章が書いてあるようだったが、羽のような衣、とか、散り、零れ、落ち、崩れる、とか、一瞥だったため何のことかは理解できなかった。
そのうちの1枚を折り畳んで手のひらに収めたミス・アスターが咳払いして、
「じゃあ、今からこのメモと鍋を使って、糸束に浮遊の魔法を付与します」
と糸束をいくつか掴んだ。
「浮遊の魔法って、絨毯でよく使う奴ですか?」
「はい。あー、ええと、厳密に言うと絨毯は飛行魔法なので違うんですが、説明が大変なので、そうですね、これはひらひらふわーっと浮く感じに仕上がります」
「そのメモは?」
「ああ、そうだ何も説明してなかった。これはですね、注文の内容から、付与したい効果や機能、どういう外観にしたいかとかそういうイメージを考えて、書き出したものです」
「イメージ。ああ、イメージ作りってこのメモを作るために必要なんですね」
羅列した文章を呪文として唱え、物に纏わせるとかそういうことだろうかとレオンが想像していると、ミス・アスターは火にかかった大鍋に近づき、薄っすらと湯気を立て始めたそこに、「まず、メモと糸束を入れます」とぽんと両手のものを躊躇なく投入した。
「え、入れちゃうんですか!?」
「入れます。このイメージで、『概念の型』を抜きます」
「『概念の型』?」
「はい、何て言ったらいいのかな、作ったイメージでその、例えばクッキーの型を作って、それを材料に嵌めて魔法を付与する、みたいなのが基本形です」
合点が行ったと思ったのにまた遠ざかった。
スタンリーが素っ頓狂な声で、レオンの心情を代弁したが、かきまぜ棒を鍋に差しながらミス・アスターがした謎めいた答えに、また混乱するだけだった。
代理店業務を通じて、魔法を生産活動に使用する者にはそれこそ何百人も会って来ており、魔法を掛ける際にそれぞれの工夫が凝らされているのは知っていた。
ほとんどが、魔法を掛ける前にどんなものを作るか書いて・描いていた。
描く方がほとんどで、文字にする場合は、その内容を唱えるパターンしか聞いたことがなかった。
紙ごと料理のように鍋に入れるやり方など記憶にはない、もちろん『概念の型』のは用語すら初耳だった。
「入れたものをきちんと沈めてから、魔法が始まります」
「お、ABCって唱えるんですか」
「唱えますよ。……ちょっと、集中します」
鍋を凝視したミス・アスターの空気が変わり、レオンもスタンリーも口を噤んだ。
鍋の中は、いつの間にか薄っすらと発光が始まっていた。




