(4)玉手箱②
まあ、勝てればだけどな。
レオンは何とか歩けるくらいには回復したスタンリーを伴って、町中に入って行く。
今から訪れるのは、首都圏で工房を回っていた時、もしかしたらバーミアに住んでる奴ならできるかもしれない、と教えられた職人の工房だ。
らしい、かもしれない、といかにも眉唾な話だったが、他に牌がないのと、田舎の情報が、圧倒的に職人数の多い首都圏まで届くということは、もしかするともしかするかも、と飛び付いた。
バーミアの、首都と比べるとささやかな商人街を抜け、職人街を歩き、その端の方にある小さめの一軒屋に、30分とかからずに辿り着く。
これと言って特徴のない平屋の表札には、Asterという姓の右上に、職人を示す鑿の意匠が小さく彫ってあった。
「いますかね、ABCの女」
「オイ、それ本人の前で絶対言うんじゃねえぞ。もし言ったらその腰にとどめ刺してやるからな」
「怖!さすがに言いませんよ。腰痛めるだけ痛めてトンボ帰りはやですもん」
「そこかよ。まあいい」
ABCの女とは、代理店の店長に最後の候補にも断られたことを報告し、バーミア行きを願い出た時に、店長が口にした女職人の呼び名だった。
店長のまた聞きでは、何でも、細かいものを器用に作るらしいが、ABCとか唱えて魔法をかけるという個性的な職人で、その風変わりなやり方から、界隈ではABCの女と呼ばれているということだった。
ABCとか唱える、とは具体的にどういう感じなのか全く要領を得ないが、揶揄が含まれていることは容易に想像ができた。
これから頭を下げる相手に聞かれれば、確実に不愉快にさせる。
初対面の相手を訪ねる場合、手紙で先触れをするのがセオリーなのだが、今回は案件が特急であり、女職人に解決できないと分かればすぐ他を当たらなければならないため、約束なしという礼儀破りをしていきなり押しかけようとしているのだ。
とにかくまずは謝罪の上、下手に出るだけ出て機嫌を取る必要がある。
レオンとスタンリーがこのような苦労を強いられている理由、元請けが何としてでも契約の実績を作り、今後も贔屓にしてもらいたい相手である竜族の注文品は、箱、だった。
それも、中に込めたもののが、蓋を開けるまで決して漏れ出しもしないし変性もしない箱が欲しいという難問である。
そんな風変わりなものを何故欲しがるかについては、下っ端は何も知らされていない。
開けられる者が限定される箱や大きさを変えられる箱など、魔法の箱に関しては比較的多くの種類が世に出ていたが、注文を満たす商品は少なくとも流通していないのは、元請けで調査済みだった。
今まで当たった職人達は誰もが、漏れ出さないのはともかく全く変性しないのは非常に困難だと首を振った。
このABCの女は果たしてどうか、緊張感を持ってノッカーを打ち付け2人とも直立で待つと、中から微かに椅子を引くような音と、女と男の話し声が聞こえた。
まずい、来客中だったかと焦るうち、やがて「はい」とドアが開いて、髪を1本に纏めたあまり若くはない女が顔を出した。
「こんにちは。失礼ですが、ミス・アスターでいらっしゃいますか」
「あ、はい。そうですが」
「前触れもなくお邪魔して申し訳ありません、私共は首都で代理店をしております、ピオネル社のレオン・プレストンと申します。これはスタンリー・テイラー。本日は、貴方が腕利きの職人とお聞きし、ぜひ私共の依頼を受けていただけないかと、御相談に参った次第です」
レオンが丁寧に訪問の意図を述べると、女は困惑と迷惑が入り混じった顔になった。
「そうでしたか。でもすみません、今別のお客様の応対中なんです」
「それは申し訳ありません、実はノックをしてからどなたかおられることに気が付きまして。時間を改めてまた……」
斜め後ろに控えていた唐突にスタンリーが、あ、と声を上げて話を遮った。
不躾な割り込みに、レオンが営業色を崩して部下を詰ろうとしたところで、室内から、それに呼応して「あれ、お前ら!」と明らかに聞き覚えのある声が飛んで来た。




