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おとぎ話の造形屋  作者: 蜂須賀漆


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(3)天の羽衣③

少し時間がかかって届いた返信には包みが添えられていた。


『天の羽衣には、我が国で紡いだ糸をお使いいただきたいと考えております。必要量は別送しますが、取り急ぎ少量の見本品を同封いたします』


原料まで手配してくれるとは何という客、と感心しながら、カレンは、包みを解いて思わずそれを上回る感嘆の声を上げた。

始めは乳白色だと思った小さな糸束は、角度を変えると赤青緑とさまざまに色が変わって見えた。

まるで自ら光を放っているように輝き、その糸は繊細で、手触りはうっとりするほど滑らかだった。

上等な糸を絹しか知らないカレンは、これは絹だろうなと検討は付けながら、実際は何か別な糸であるような気もした。

この糸で注文の品を作り上げるのは責任重大だと、手の中で糸束をやわやわと捏ねながら、イメージの絵を広げてみたが、絵の方も初めて目にするタッチのものだった。

絵は女性の立ち姿で、袖と裾が長い衣装に、腰に紐を結び、黒い髪を2つの輪にして頭上に結うという、保つのが大変そうな髪型をして、手には扇らしきものを携えている。

また、透けた長い布が右脇から通され、布はその2つの輪の上を浮いた状態で通過して左に降り、左脇に入って端は床に付かず長々と伸びており、これが天の羽衣、と書き添えられていた。

カレンは捏ねる手を止めて、これはちょっと困ったかも、と絵を凝視した。

この絵が天女の国で標準のものならば、カレンの頭の中に、彼女らの文化をイメージに起こせる土壌は全くと言っていいほど存在していない。

絵柄も違う、女性の服装も髪型も違う、天女が美としているものに、カレンはただ目新しく珍しいものという感想しか浮かべられない。

そしてただの感想では、イメージは決して膨らんでいかず、『概念の型』を作れない。


困ったカレンは再び図書館に足を運んだ。

ジャンルを問わず天女の国に関する本を片っ端から開いてみた。

できるだけ挿絵入りのものを選び、リストアップする。

この町はスタフィー州立の図書館があり、蔵書数は州内最大を誇っていたが、貸し出し数は5冊までと決められている。

カレンは閉館時間まで粘り、頼りになりそうな本を5冊借りて、家でも読み、興味が引かれた部分をメモに書き出していく。

他の仕事の合間に、衣食住を削って読み、書き出し、全て終わると本を返す足で次の5冊を借りる。

目が覚めると、机に向かったまま、ランプは点けっぱなし、本は開きっぱなし、ペンは握りっぱなし、時間は真夜中を回っているというのを毎日繰り返した。

生活を疎かにした分を、イメージ作りに注ぎ込むのは、もはやカレンの仕事のやり方に組み込まれていた。

カレンの魔法は、イメージが上手く作れなければ失敗する、失敗すれば注文の品を作れず、仕事にならない。

ゆえに必死に、真剣にイメージ作りをする。

納期があり、1度に複数の注文を抱えることも多いため、時間がかけられず大抵は短期決戦になる。

とにかく集中して、地道に情報を得、脳裏に浮かべ、文字にするしか、付け焼き刃の方法はない。

しかし、進めていくともやもやと形ができてくる。

天女が、天の羽衣を纏って軽やかに浮かび上がるイメージが根付いてくる。


その名の通り羽根のように軽く、歩みに合わせて端が空を舞い、鈴を振るような音がする

かぐわしい羽衣は、飛ぼうとする意志に呼応して、包む身体をするすると空へ連れて行く


その結果。

手のひらに収まるくらいの小さい糸束が、ドコッと床を凹ませそうな音を出して墜落した。


「おや珍しい、失敗かね」

「さ、最近は滅多にしなく来てたんですけど……」


様子を見にカレンの家に立ち寄ったエマの視線の先では、家主のカレンもまた床に崩れ落ちていた。

糸束は、織り師のエマが見ても最上級品の艶があるが、カレンの魔法後は、見た目はそのままに、石を遥かに超える重さになってしまい、飛ぶどころか手に持ったが最後、持ち主を地に縛り付ける物体になってしまった。

一束でこれなのだから、織物にしたらどうなってしまうのか。

さすがの腕利きのエマも、この重さの糸を持って来られても、エマの腕力的にも機械の耐久でも織ることはできないが。


「随分と重たくなっちまったねえ。羽どころか防具になりそうだ」

「どうしてこんなことに……」

「何だい、原因不明なのかい?」

「……いえ、原因は1つしかないので」


カレンは、羽根のように軽い優雅な布を目指してイメージを作り、『概念の型』にした。

ならば、原因は『概念の型』が不完全だったということに尽きる。

カレンの頭の中で作るイメージが曖昧だと、型で抜こうとしたものが別物になる。

少しでも、イメージと言葉がずれればこれもまた失敗作になる。

相当に本を読みこんだつもりなのだが、まだ足りなかったのかとがっくりしていると、エマの呆れ混じりの声が振って来る。


「イメージ作りが大事なのはそれはそれとして、もう少し軽く考えたらどうだい」

「軽く、と言いますと……」

「アンタにはアンタのやり方があるんだろうけど、あんまりぎゅうぎゅうに詰め込まないでさあ、軽いものを作るなら、もっと軽やかなイメージを作った方がいいんじゃないのかい。もっとこう、人間離れした綺麗な娘がひらひらしてふわーっと空を飛ぶ、みたいな」


ひらひらしてふわーっと、とカレンはフレーズ口の中で転がしてみる。

エマの提案を耳にして、何物にも捕らわれず如何にも自由に空を飛ぶ天女の姿が、自然と思い浮かんだ。

確かに、客の天女が望む羽衣のあり方は、そちらの方が近い気にもなってくる。

さすがにその通り紙に書いても成功する気がしないので、どういう言葉を使うかは考えた方がいいかもしれないが、ただそんなに簡略化してうまくいくものなのか、とカレンの悩みは再び始まる。


「ちょっと、工夫してみます」

「その意気だ。だけど工夫しすぎるんじゃないよ、また詰め込みになるよ」


じゃ、とエマが立ち去ったその後で、ふらふらと立ち上がったカレンは、床のど真ん中に落ちている小さい糸束を両手で掴んで、重量物を上げるようにぐ、ぐ、ぐ、と床から離し、その体勢のまま、大汗を掻きながら糸束をとりあえず移動させようと戦った。

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