(3)天の羽衣②
「アマノハゴロモ、って何だい?」
織り師のエマは、カレンの説明に思わず織機のペダルを止めて聞き返した。
「ええと、『身に纏うと空が飛べるようになる布製品』らしいです」
「空を飛ぶ布なら絨毯でいいじゃないか。乗っちゃえばピュー、なのに。身に纏うってことは着るんだろ」
「いや、服ではないみたいなので、着ないんじゃないですかね」
「何だ着ないのかい、じゃあ巻き付けるだけ?そしたら、自力で飛んだらなおさら疲れるだけじゃないかね」
「うーん、私もそう思います。詳しいイメージは今先方に問い合わせているんですけど」
「ふうん。世の中には不思議な趣味の奴がいるもんだねえ」
エマは呆れた調子で言いながら、受注ノートに手を伸ばし、カレンの依頼見込みを書き込んでくれた。
「ありがとうございます、納期が定まったらすぐに御連絡しますので」
「いいさね。アンタの場合はその辺は心配してないよ」
エマは、カレンが取引関係にあり、かつ懇意にしている数少ない1人だった。
布を織る必要がある案件の時は、カレンはいつもエマに依頼をした。
今日も、完成までに一旦布の状態を経るので、先方から返事を受け取る前に、今後エマに仕事を頼む旨をあらかじめ伝えに来たのだった。
でないと、腕が良く多忙な彼女のスケジュールが詰まってしまい、織布を引き受けてもらうことが難しくなる。
街には織り師は数多くいたが、エマの仕事の見事さはもちろん、カレンが造形屋として駆け出しの頃から頼んでいる人であることも相俟って、エマ以外はどうだろうかという迷いが生じたことは一度もなかった。
エマの方も、依頼から支払いまでのやりとりを丁寧に行うカレンに信頼を置いており、付き合いは自ずと長くなっていた。
「しっかし、そのテンニョの国ってのは聞いたことないけど、そんな国の得体の知れないモノを作ろうなんて、アンタも依頼を選ばない物好きだねえ」
「いや、できないものはちゃんと断るんですよ。でも、今回は何とかできそうだったし、その、面白そうだなって」
「そりゃ何よりだ。ただ、分からないものは織れないからね、アマノハゴロモがどんなものなのか、頑張って特定しておくれ」
カレンは照れを滲ませながら、「了解です」と笑って頬を掻いた。
*
仕事をしていると、そういう心和む会話ができることもあれば、一筋縄では行かない相手にぐったりと苦労することもある。
最近、妹のローズの訪問を受けた時も軽いバトルになったばかりだった。
ローズは、カレンとは10歳離れた妹で、まだ両親とともにカレンの故郷の都市に住んでいたが、時折姉の町に、様子見と称して足を運ぶことがあった。
両親には不定期だが近況を送っているのだから、それを読むか自分で手紙を寄こせばいいのに、筆無精なローズは直接顔を見たいと言う。
それはそれでまあそういう考えもあるだろうとは思うが、ほとんどの場合において、妹の訪問時はろくなことが起きない。
様子見とは本当に称しているだけ、実際は姉への"お願い"が主な用事なのであって、直接言葉をぶつけて説得を成功させようとするのがいつものパターンだったからだ。
もっとも、妹は妹として愛してはいるが、カレンは可愛さに目が眩んで何でも言うことを聞くタイプではないし、妹のおねだりや泣き落としは、家族以外の人間にどんなに効果があろうとも、姉妹歴が長いカレンには通用しない。
いい加減、妹もそれを分かっているはずなのに、ローズはその手段を諦める気がない。
「お姉ちゃん久しぶり。あのさ、着ると上手に踊れるようになる服が欲しいの。作れない?」
先日も、リビングという名の、他人を作業部屋などに入れないための防衛部屋の椅子に座るなり、妹は予想通りの言動に出た。
ワンパターンというか本当に外さない奴だな、とこめかみを引き攣らせながら、姉は「作れません。服は服屋に頼んでください」と、カッシャンとティーカップを強めに供した。
ローズは全く意に介さず、
「服屋じゃ魔法の服にならないじゃない、仕立ててくれるだけなんだもん。すっごく素敵な生地見つけたの、お願い何とかしてよ」
といつも通り要求を捻じ込もうとする。
姉もまたいつも通りに押し返す。
「だからできないって言ってるでしょうが。まず必死で踊りの練習をしなさいよ」
「してるし!」
「してないでしょ、いっつも適当にやって、ほとんど友達とお喋りしながら休んでるってお母さん言ってたし」
「何で、いつ喋ったの!」
「手紙に書いてありました」
機会あれば常に男の気を引こうと振る舞って困る、とも書いてあったのは面倒なので言わないでおいたが、ローズはお母さんってば余計なことばっかり、と膨れてから、両肘を頬杖にして、請うように上目遣いをした。
「本当に布に魔法付与ってできないの?お姉ちゃん大体何でもできるじゃん」
「布の魔法付与が、その、大体の残りの部分なんです。だからできないの。何回言ったら覚えるんだ」
「ええー研究してよー、成功したらすごく評判になるよ」
言われるまでもなく、もちろん研究はしている、というかかつてはしていた。
評判はともかく、布に魔法を纏わせることができれば、ものづくりの幅も効率も格段に上がる。
しかし、イメージを膨らませるのは特に困難ではないのに、概念の型をどんなに工夫しても、何度書き直しても、鍋から引き上げた布はただの布のまま、何の効果も帯びない。
ごくたまに成功したと思っても、数分、長くても1時間は持たずに消えてしまう。
仕事の合間を縫って、それこそ10年以上挑戦して得るものがなく、他方で糸には簡単に付与ができるため、これ以上研究しても得られるものはないと、さじを投げた。
もちろん未練がないわけではないが、カレンは布魔法研究家に転職する気はないため、日々の仕事を確実に仕上げることに力を注ぐことにしたのだった。
「だから無理だって言ってるでしょうが。試しに自分でやってみればいいじゃない」
「できないから頼んでるのにー。私まだ魔法かけるとかできないもん、使える魔法が何なのか分かってないし」
「いつになったらできるようになるんだ。20代で"まだ"って言ったらいつまでもできないんじゃないの。練習は?」
「してるけどさー」
目をカップに逸らした顔は、していないと白状していて、カレンはそこで不毛な会話を打ち切った。
ローズには家族同士の気安さで、いくらでもけんもほろろに断ることができたが、客となり得る他人が、布と魔法の関係への無理解を振り回して依頼を押し込もうとするのに時折苦しめられていて、布製品の依頼は警戒を感じる随一のものだった。




