(1)ガラスの靴①
カレン・アスターは、クリーム色の便箋の上にペンを走らせていた。
"……につきましては、去る20日に当方へ届いたところです。
ただ、先般お伝えしましたが、布類につきましては、織布の過程において処理をしない限り"
そこまで綴って、紙上に目を凝らす。
東向きの窓は、沈む間際の日の光を掴まえられず、既に自らの字も覚束ない上に、ところどころ書体が乱れて自分でも何と書いたか解読するのは一苦労だった。
織布では固いか、分からないかと迷ったが、これ以上書き換える手間を取りたくなかった。これだってもう3通目だった。
"……の付与はできないのが現状です。
このため、お送りいただいた布につきましては、大変申し訳ございませんが、このまま返送させていただきます。
何卒御理解のほど、よろしくお願い……"
書簡はいつも丁寧を心掛けているが、今日はどうにも過剰な書きぶりのように感じて一旦ペンを止めた。
やっぱり書き直さなければいけないのか、カレンは眉間に盛大に皺を寄せた。
できないと何度も説明した、にもかかわらず送り付けて来た相手に何故謝るのか、客だからだ。
即答した己の職業人気質に、募りつつあったイライラが着火した。
分からない客のためにこれ以上紙を無駄にするわけにはいかない、慇懃無礼と思われても知ったことではない、と結びの挨拶と署名を不格好に綴り付けると、2つ折りにして封筒に押し込もうとしたが、折りが不格好すぎてうまく入らず、一度出して4つ折りにして仕舞う。
宛先は手紙を書きだす前に記しておいた。机の右上の引き出しを掻き回し、探り当てたシーリングスタンプを封筒のフタに下ろす直前に、机の上で燃えていた太く短い蝋燭から赤銅色の蝋が帯状に飛び出し、スタンプとフタの間に丸く滑り込んだ。
意匠化したCとAを刻んだペンタクルが、きちんと浮き出ていることに少しだけ慰められ、カレンは開封しなかった客からの荷物、先方曰く高価な布が入っている包みの紐に封筒を挟み、玄関脇のミニテーブルに遠ざけた。
すぐに郵便に持って行こうとも思ったが、うまい時間の使い方ではないと思い止まる冷静さは残っていた。
二度手間になるし、と溜め息を吐いて机に戻る。
「さて、それでは」
大きく伸びをして机上の左側に置いていた東洋まがいのレターボックスを開けた。厚紙に卵殻を張り、ラッカーで仕上げただけの不器用な箱の一番上に先程の客の依頼状を見出し、イライラが再燃して、壁にかけたポスト型の状差しにスローインした。
"済の箱"と呼んでいるそれは、依頼状を受け入れるや否や、口の部分が飲み込むような動きをして、姿は跡形も無くなった。
できればこの依頼人からは二度と依頼を受け取りたくない。
少しせいせいして、一番に繰り上がった封書を取り出す。
蔦がエンボス加工された薄水色の手紙は、得意先の魔女からのものだ。
先刻の依頼人とは違い、カレンが請けられる内容を長い付き合いを経てよく把握し、かつ正式な依頼前にできるかどうかを、納期を含めて必ず問い合わせて来る。
注文はいつも一風変わったわくわくするもので、難しくはあったが力を尽くそうという気が沸き起こる。
カレンは机の正面に掛けてある空の額縁に手を伸ばし、その中央に封書を掲げた。
封書は手を離しても額縁の中央に浮遊し、薄水色に淡く発光し始めた。
それが受注のサイン。
依頼品はドレスの女性が履くガラスの靴、どんなサイズの足にもぴったり合う靴。カレンが着手する新しい仕事が決まった。