ファイル5.5.常理からはぐれた泥兄弟(コンビ)
漆黒の空間。人類が言葉を話す時に生み出すような電子ノイズが、耳元で再生を繰り返している。
観察対象——カメロン、ローゲン。
【第1(ファースト)の分岐点】
シチュエーション:シティ/夜
天気:雨
心なお未成熟な果実のままの子供、カメロン。
彼はただ無力に、見るしかできなかった。目の前の冷たい石畳の上、白い布を顔に被せられ、カチコチに固まってしまった両親の亡骸を。
その後、遺体はストレッチャーに乗せられ、救急隊員たちに運ばれ、やがて土の中へと処分された。
運命とは、これほどまでに残酷なものか。まさか黒髪の若者が、黒髪の大人の最期を見送ることになるとは。
「死」という概念は、わずか9歳の子供にはあまりにも早すぎる段階で、無理やり突きつけられた。
この時、運命の歯車は異なる方向へと回り始めた。いずれ辿る悲惨な結末へと向かって。
そう、これは世界に「ゴミ」や「疫病神」と罵られ、蔑まれた義賊兄弟がコンビを組み、願いが生まれた原点である。
【第2(セカンド)の分岐点】
シチュエーション:スクール/朝
天気:雨
両親を失った悲しみと動揺が整理しきれていないまま、カメロンはいつものように学校へ向かった。
薄暗い学校の廊下。教室のドアの前で彷徨うカメロン。入るべきか躊躇していると、ドアの隙間からクラスメイトたちが彼について話す声が漏れ聞こえてきた。
「ねぇねぇ、知ってる? 噂によると、あいつの親が死んだのって、あいつ自身が原因らしいよ」
「へぇ! 本当に? じゃあ今後近づかない方がいいかも。酷い目に遭わないためにもさ」
「そうそう、あいついつも一人で根暗だし、ろくでなしだし、俺たちのグループの柄じゃないよな」
クラスメイトたちの言葉は鋭利なナイフのように、一本ずつ彼の心に突き刺さった。心をチクチクと刺す痒いような痛み。見えない血が心から地面へと溢れ出す。
彼は自分の服の裾を強く握りしめ、深呼吸をして、自分の心を凍らせた。心を沈め、冷却が終わるのを待つ。
彼は強く握りしめたシワだらけの服からゆっくりと手を離し、ドアを開け、教室へと一歩踏み出した。
頭を下げた姿勢を維持して、なるべく他人の顔色を気にしないように努めたが、耳からはまだ微かな悪意が聞こえてくる。
この日から、カメロンは機械のように、自分の心のドアを完全に閉鎖した。
心に鍵をかけ、感情を押し殺せば、痛みもさっぱり消えていくと信じて。
【第3(サード)の分岐点】
シチュエーション:シティ/昼
天気:晴れ
ある日、いつもの学校からの帰り道。いつものように俯いて歩くカメロンの視界に、急に飛び込んできたものがあった。それは、野良犬のように街を飛び回り、いろんな物を拾い集めている「野良犬のようなガキ」だった。
その少年が、カメロンの頭上を飛び越えていく。
カメロンが彼を目視した一瞬、彼の意識の海に新たな「選択コマンド」が浮かび上がり、無意識のうちに彼を動かした。
——その少年の後を追う、という選択。
カメロンは少年の足跡を辿り、声をかけた。
「あの……君は、ここに住んでいるの?」
少年はカメロンに向かって遠吠えして、近付くなと警告した。カメロンは怯えて逃げてしまった。
翌日、カメロンは再びその少年に会いに行った。今度はリュックにハンバーガーを詰め込んで。そして彼は、紙袋に包まれたハンバーガーを少年に差し出した。
カメロンがハンバーガーを渡すという行為に疑問を抱いた少年は、ようやく口を開いた。
「なぜ俺に食い物を渡す? 同情か、それとも情けか? もしそうなら、こんなものはいらない」
「帰れ! ここは、お前が来るべき場所じゃない」
少年はカメロンに帰れと命令したが、それからカメロンは意に介さずハンバーガーを買い、貧民街で少年と顔を合わせる日々を繰り返した。少年に会うため、学校すらサボるようになった。
毎日知らない奴に付きまとわれた少年も、さすがに黙っていられなくなった。これ以上邪魔をされないために、仕方なくカメロンを連れて、ゴミ山の頂上まで登った。
「お前、学校へは行かないのか?」
「もうどうでもいい。行ったとしても……他人はただおいらのことを呪うし、耳障りなだけだ」
「そっか……お前も同じか……」
カメロンの境遇を聞いた少年——ローゲンは、口に運ぼうとしていたハンバーガーの手を緩め、動きを止めた。
カメロンは足元にある、錆びた金属製品や壊れた家具など、人間に捨てられたゴミたちが積み上げられた小山を見て、好奇心旺盛な子供のようにローゲンに問いかけた。
「そういえば、これはゴミで積み上げた山なの?」
「これらはゴミじゃない。俺が未来のために集めた『資産』だ」
「資産……?」
「俺は母を探したいんだ。母は何年か前にどこかへ行ったきりで、戻ってくることはなかった」
小山はゴミではなく、いつか母親を探すための財産だと主張するローゲン。
「そういえば、おいら、まだ君の名前を知らないよ。どう呼べばいいの?」
「俺の名前は……ローゲンだ」
何日かが過ぎ、カメロンは久しぶりに学校へ通った。ローゲンとの出会いにより、閉ざされていた心のドアが少しずつ開き始めていたのだ。前向きな学習態度を見て、先生も彼の変化に驚いていた。
だが、暗闇の中から彼を見つめ、不満を抱いて歯軋りする者たちがいた。
それはある日、カメロンがいつものようにハンバーガーを買い、ウキウキとした足取りでローゲンの元へ向かっていた時のことだった。
突然、男女の集団がカメロンの行く手を阻んだ。カメロンは気づかずにぶつかってしまい、その反動で地面に転がった。
カメロンが起き上がり、地面に散らばったハンバーガーを拾おうとしたその時——強靭で太い足が、カメロンの頭を容赦なく踏みつけた。
踏みつけた主は、カメロンを呪い続けていた同級生たちだった。
【第4(フォース)の分岐点】
シチュエーション:シティ/昼
天気:曇り
「あんた、最近調子いいね」
「そうかな?」
カメロンはへらへらと笑って見せた。
「何ニヤニヤしてんだよ。正直、迷惑なんだよ」
リーダー格の男は、足でカメロンを蹴り飛ばし、さらに踏みつけた。
「あんた、なんでまだ生きてるの? あんたみたいな疫病神が調子に乗ってるところを見ると、虫唾が走るんだよ。なぁ、さっさと死んでくれない? あんたが生き続けると、その不幸がこっちにまで伝染するんだよ」
「でも……おいらも人間だ」
「人間? いや、あんたは人間じゃない。ただの疫病神だ。あんたの親もあんたのせいで死んだ。あんたの不幸が親まで殺したんだよ!」
集団はカメロンに対して殴る蹴るの暴行を加え、心の中の不満を肆意に発散させた。
「おいら……殺してない……」
「はぁ? 聞こえないんだけど」
「おいらはっ! 殺してない!」
いじめっ子たちはさらに鬱憤を晴らすため、カメロンの目の前で、彼が親友ローゲンのために買ったハンバーガーを踏み潰した。
踏み潰されたハンバーガーからは、トマトソースとマスタードが花火のように飛び散り、その一部がカメロンの顔にかかった。
カメロンの惨めな姿を見て、彼らの笑い声はますます大きくなった。
(なんでだよ。おいらは何もやってないのに。そうやって勝手に決めつけて)
(この世界には、おいらの居場所はないのか?)
(どいつもこいつも、消えればいい……)
——その一瞬。
同級生たちによってグチャグチャに変わり果てたハンバーガーを見て、カメロンの理性を繋いでいた糸がプツンと切れた。
筋肉と血管が怒りで滾り、鎖の外れた獣のようにカメロンは襲いかかった。相手の顔面に向かって、鉄拳の連撃を一発ずつ叩き込んだ。
「あんた、歯向かうつもりか?!」
カメロンの拳を受けたリーダー格の男は、目の前の獣化したカメロンの殺気溢れる表情を見て、生物としての警鐘が頭の中で鳴り響くのを感じた。
「死」への恐怖が、早く逃げろと唆す。カメロンから逃げなければ。
必死に抜け出そうとする男だったが、カメロンの怒涛の攻勢の前に対応する余裕もなく、助けを呼ぶ声すら出せない。
やがて彼の意識は徐々に散漫になり、息をすることすら忘れ——動かなくなった。
リーダーを仕留めた後、カメロンは暗闇のような瞳で他の同級生たちに視線を向けた。彼らもまた、絶望と恐怖の中で息絶えていった。
その夜、同級生たちの遺体は、中身を抜かれた空き缶のように裏通りに放置されているところを住民に発見された。
警察も緊急配備を敷き、殺人犯をカメロンと断定して確保行動に移り始めた。
「なんか騒がしいな」
眠りから覚めたローゲンも、サイレンの音に気づいた。
「君がローゲン?」
その時、ある男がローゲンに声をかけた。暗い夜の貧民街、わずかな光がローゲンの周囲を照らす。
「あぁ、そうだけど。っで、何しに来た」
「カメロンを知ってるよね。私はあの子の親代わりのようなものだ。率直に言うと、君はカメロンの居場所を知ってるのか? あの子がいなくなった」
「さぁな。俺はあいつの腹の虫じゃないし」
「つい先ほど、何人かの学生の遺体が見つかった。犯人は……カメロンだと推測されている」
「そっか……」
「君がカメロンに何を吹き込んで、あの子の思想を歪めたのかは知らないが、頼むからもうあの子に関わらないでくれ」
「あいつが一方的に押し掛けてきただけだ。俺はただ乗っただけ、食い物を分けてもらっただけだ」
「だったら、はっきりとあの子のことを拒絶してくれ。あの子のためにも」
「あのさ、おっさん。あいつの親代わりって言ったよな。でも親らしいこと、一度でもやったことあんのか? 今も真っ先にあいつのことを探すべきなのに、ここに来て俺を叱るつもりか? 俺がゴミだからって差別するのか? 身勝手だな。帰れよ、俺は知らないから」
「世間からゴミ箱と呼ばれる貧民街。お前みたいな一般人が来る場所ではない。その服の素材、かなりのブランド物だろ。俺みたいなドブネズミとは違うんだよ」
心を冷徹にしたローゲンは、後ろを振り返らずに扉を閉じた。
再び眠りについたローゲン。朧げな夢の中、昔の記憶の欠片が呼び覚まされた。
それは、彼の父に関する記憶。
ローゲンの父親には一つの悪癖があった。それは窃盗だ。その癖のせいで、父親は刑務所と家を行き来していた。
幼かった頃のローゲンは、服が詰まったタンスの隙間から、喧嘩の最中の両親を怯えながら見つめていた。
母親は文具や食器、家具など手当たり次第に物を持ち上げ、酔っ払った父親へ後先考えずに投げつけ、今までの迷惑行為への不満を大声でぶちまけていた。
そんな中、投げられた卵が父親の頭に当たった。
卵の殻が割れ、中からベタベタする黒緑色の液体が流れ出し、腐った吐瀉物のような鼻を突く悪臭が周囲に充満した。
父親は悪臭に顔をしかめ、その刺激で酔いが少し覚めたようだった。
そして妻の罵倒に苛立ちを覚えた彼は、飲み干していない酒瓶を片手で掴み、上から妻の頭へ迷いなく振り下ろした。
瓶が頭に当たった瞬間、ガラスが砕け散り、不均等に地面へ散らばった。
鮮血が額から地面へと流れ出す。意識は失われ、体の力が抜け、地面へ横倒しになり、やがて息も完全に止まった。
父親は母親が息絶えたことに気づくと、慌てて遺体を担ぎ、夜闇に乗じて郊外へ埋めに行った。
父親が家から離れる足音を聞き、ローゲンは家を飛び出し、全力で刑務所まで走って、匿名で父親のことを通報した。
——突然、視界が暗転する。
暗闇の中で、ローゲンの耳にカメロンの助けを呼ぶ声が微かに聞こえてきた。
ローゲンは驚いて飛び起きた。目覚めた後も、夢がもたらした恐怖の余韻が脳内から消えない。
だが、ローゲンは夢の中で聞こえたカメロンの叫び声を思い出し、拳を握りしめ、体を震わせた。
じっとしてはいられない。彼は思い切ってボロボロのテントを飛び出し、貧民街を抜け、ただカメロンの声を頼りに探し続けた。
転々と捜索を続ける中、ローゲンはある路地裏の陰に、不完全に光る明かりがあることに気づいた。
近づいてみると、ゴミ箱と木箱の隙間にカメロンがうずくまり、体を抱いて震えながら泣いていた。
その体は、どこか半透明に透けているように見えた。
「そこにいるのか?カメロン?」
ローゲンはカメロンの名前を呼んだ。
「ロ一ゲン……」
ローゲンの呼び声を聞いたカメロンは泣き止み、暗闇の中から目の前に立っているローゲンを見つめた。
「お前に話さなきゃならないことがある。それは俺の過去に関するもの。」
ローゲンはカメロンに向かって、自分の過去を——手から足まで全てをさらけ出した。
「えっ……」
「この間、お前はゴミだと思っていたあの山。あれを母を探すための『資産』だと話したこと、覚えてるか。その言葉の中には一つ、嘘があった」
「実は、母は遠くに死んだんだ。父に殺されて……」
「俺の父は窃盗の常習犯で、何度も刑務所にぶち込まれていた。そのせいで両親は喧嘩が絶えなかった。原因は父の汚名だ。『泥棒の妻や子供も、同じろくなやつじゃない』と、世間がそう思い込んでいたから」
「母は日頃の疲れだけじゃなく、世間の心無い噂話に晒されて、限界寸前だった」
「俺には、物の欠片を集める習性がある。それを売って、母の治療費にするつもりだった。でも、母はそう言ってくれたんだ」
「『これはお前自身が積み上げた財産だ』って。
『お前にはまだ明日を選べる権利がある。ここで無駄使いしないで、その財産は自分のために使いなさい』と」
「カメロン。本来はお前に同じ道を歩ませないために、俺みたいなゴミになるな……って、そう言いたかった」
「だが、俺も同じだった。目の前の声を無視して、勝手に決めつけて。お前の声さえも……」
「だから思ったんだ。いくら金を持っていても、自分がやりたいことじゃなきゃ意味がない。だから俺は決めた。自分がやりたいことは、自分の手で掴むってな。カメロン、俺と一緒にこの世界の常識を覆してくれないか?」
「誰も差別されない、真に平等な世界へ」
「俺たちにしかできないさ。泥の中から這い上がった、最強の兄弟なら」
ロ一ゲンは闇に隠れたカメロンへ誘いた。
「やってやるさ……それって居場所を作れるなら。」
立直るカメロンはロ一ゲンの手を掴んで、大きな声で答を宣言した。
事件の後日。貧民街にあった、ゴミで積み上げられた山は綺麗さっぱり消え失せていた。
カメロンの足取りも追跡不可能となった。担当の捜査員たちは「まるで神隠しだ」と口にした。
それからカメロンは失踪者として認定されたが、カメロンだけでなく、ローゲンも姿を消していた。
しかし、彼らの存在の証は、とある場所にひっそりと残された。
それはある孤児院の言い伝え。二人の義賊が、悪しき貴族から奪った財産を孤児院に寄付したという話だ。
この二人の義賊は仮面で顔を隠し、自ら兄貴分ローゲン、弟分カメロンと名乗り、巷を騒がせた。
盗みは悪だと断言されるが、果たしてそれは本当に「悪」なのか?
世界の常識に拒まれた二人。泥から生まれたことや、道を踏み外した罪も関係なく、ただ己の道を行くだけ。
たとえその道が間違っていたとしても、それも一種の存在証明なのかもしれない——
観察:オーバー
観察対象:ローゲン、カメロン
願いの解析:完了
純度:100%
データ保存:完了
カメロン、そしてローゲン。
人間というものは、実に不可解で、興味深い『観測対象』だ。
泥にまみれ、世界から拒絶され、出口のない行き止まりでさえも、彼らは自らの生を叫び続ける。
例えそれが、倫理を外れた『悪の道』であっても、その歩みには一片の迷いも、猶予さえも介在しない。
データは『存在証明』として、例の定められた結末へと向かう。




