第二話:開幕!ウィッシュバトル!虚無なる影
第二話のあらすじ、等々開幕するウィッシュバトル、出場する選手の中で唯一願いを持ってないウォイド。そんなウォイドの初の相手はプリテンダー商会の御曹司ホウカ.ライア。メイティ家の代わりに仕組まれた戦いに挑んむウォイド、それで願い本質のヒントになれるのか?ホウカの異能に隠れた真実とは?ピンチから逆転するウォイド脅威なる異能は?第一戦虚無vs噓。
巨大なドームはざわめきと熱気に渦巻き、天空を貫くような高層席までびっしりと観客が詰めかけ、その視線はただ一点、中央のアリーナに注がれていた。荘厳なファンファーレが鳴り響き、煌びやかな光がステージを照らす中、ウィッシュバトルを主催する統括領主が厳かに壇上へと現れた。
「諸君、永きに渡る沈黙を破り、今ここに、我々の魂の輝きを競い合う祭典が幕を開ける! 願いを力に変え、自らの運命を切り拓く者たちよ、その欲望を我々に見せつけよ!」
領主の力強い宣言に、ドーム全体が割れんばかりの歓声に包まれる。空気がビリビリと震え、誰もがこの祭典の幕開けに興奮を隠せない。
「それでは、ウィッシュバトル開幕を祝し、第一試合の選手を紹介しよう!」
司会者の高揚した声が響き渡る。巨大スクリーンには、第一試合の選手名が映し出された。
「まずはこの男! プリテンダー商会が誇る若き実力者にして、その異能で数多の契約を騙し取ってきた狡猾なる策士!フェス・ライアの息子ホウカ・ライア!」
スポットライトが、アリーナの片隅に立つ優雅な青年を照らす。ホウカ・ライアは、真珠の如き白銀の髪をなびかせ、自信に満ちた笑みを浮かべて観客に一礼した。その仕草一つ一つが洗練されており、貴族的な雰囲気を漂わせている。彼がまとう豪華な衣装は、プリテンダー商会の財力を如実に示していた。観客からは黄色い声援と、彼の実力に期待する声が上がる。
「そして対するは、奪われし宿屋を取り戻す為に参るメイティ家の長男、ウォク・メイティ!」
司会者の声が一旦途切れ、アリーナのもう一方に視線が向けられる。しかし、そこに選手の姿はない。観客の間からざわめきが起こり、戸惑いの色が広がる。
「どうしたことだろうか? 選手が、まだ登場しないようだ……このままでは、ホウカ・ライア選手の不戦勝となってしまうのか!?」
司会者が焦りの色を滲ませ、不穏な空気がドームを覆い始める。数秒の沈黙が永遠のように感じられたその時、アリーナの入場ゲートから、ゆっくりと一人の人影が現れた。
黒いシンプルな装束に身を包んだ、痩身の男。その姿は、華やかなホウカとは対照的に、まるで夜の闇そのものだ。彼は一歩一歩、確かな足取りでアリーナの中央へと歩みを進める。その表情は無表情で、感情の読めない深い瞳が印象的だった。しかし、その立ち姿には、ただならぬ「真剣さ」が宿っている。
「待て」
静かで、しかし確固たる声がアリーナに響き渡った。男は司会者の前で立ち止まり、真っ直ぐに彼を見据える。
「選手は交代した」
その言葉に、ドーム全体が驚きに包まれる。ざわめきが大きくなり、観客たちは困惑した表情で互いを見合わせた。
「な、なんだと!? 選手交代だと!? いったいどういうつもりだ……いや、君は一体、何者なんだ!?」
司会者の動揺は隠しきれない。彼はマイクを握りしめ、困惑と怒りの入り混じった声で男に問いかけた。男は一瞬の沈黙の後、淡々と言葉を紡ぐ。
「ウォイド・シェラウド。欲無しの男だ」
その瞬間、ドームの熱狂は凍りついたかのように静まり返った。誰もが信じられないといった表情でウォイドを見つめる。「無欲の者」という言葉が、アリーナの空気中に重く沈んでいく。
ウィッシュバトルにおいて、願いは異能の源泉であり、その者の存在意義そのものだ。願いを持たぬ者は、異能を持たぬ者。異能を持たぬ者は、このバトルに参加することさえ許されないはずだ。観客たちの間から、囁き声が広がり始める。
「願いがないだと?」「まさか、ただの一般人なのか?」「どうやってここに……」
ホウカ・ライアもまた、眉をひそめてウォイドを見つめていた。彼の表情には、困惑と侮蔑が入り混じっていた。この突然現れた、謎の男――ウォイド・シェラウド。彼の存在が、ウィッシュバトルの常識を根底から覆そうとしていた。
見えざる攻防、忍び寄る幻惑
「……い、いや、しかし! ルール上、願いを持たぬ者の参加は認められていない! 君は一体、何を企んでいる!?」
司会者が再び声を荒げるが、ウォイドは動じない。彼の視線は既に、対峙するホウカに向けられていた。
「俺に願いはない。けど、代わりに他人の願いを叶える。それだけの理由で、俺は、戦う。」
その冷徹な眼差しに、ホウカは僅かに顔を顰めた。しかしすぐに、余裕の笑みを浮かべる。
「ふん、欲無しだと? 面白い。異能を持たぬ者がこの舞台に立つなど、愚かにも程がある。貴様の浅はかさ、この私が教えてやろう。」
審判の合図と共に、第一試合が開始された瞬間。
ウォイドは、駆け出した。回りながらホウカを凝視する。彼の意図は、ホウカの異能を「試す」ことだった。ホウカはそんなウォイドの態度を挑発と受け取ったのか、嘲るような笑みを浮かべた。
「ほう? 囲むつもりか?随分と余裕だな。だが、その余裕もすぐに消え失せるだろう」
ホウカが指を鳴らすと、ウォイドの周囲の空間が歪んだ。突如として、鋭い風が吹き荒れ、ウォイドの体を切り裂こうとする。しかし、ウォイドは微動だにしないまま避けた。彼は目を閉じ、風の動きを、その「情報」を自身の内側で分析しようとしていた。
風は目に見えない。音も聞こえない。しかし、確かにウォイドの肌を、僅かながら撫でている。彼は、この「見えない攻撃」の正体を探っていた。
(ふん、まるで何も感じていないフリか? 所詮、異能を持たぬ一般人。いくら体術に長けていようと、私の「幻象欺詐」と傭兵のサラウンドバーストの前では、どんな強者も膝を屈する、この欲無しの男も例外ではない。じきに追い詰められ、その「無欲」の仮面も剥がれ絶望に変わるだろう。ああ、楽しみだ)
ホウカは、ウォイドの動きを見て、さらに挑発的な言葉を浴びせる。観客たちも、異能を持たないウォイドがホウカの見えない攻撃に翻弄されていると見て、囁き始める。彼らの目には、ウォイドがただ回っているだけで、何もない空間で体が僅かに揺れているように見えていた。
ウォイドは、試探を続けた。風の攻撃は激しさを増し、ウォイドの体を押し潰そうと圧力をかけてくる。彼は僅かに後退し、体を傾けることで攻撃をかわした。
(見えない、触れられない……しかし、確かに存在する圧力。これは物理的な攻撃ではない。俺の五感に直接作用しているのか……?まるで、俺自身の認識が歪められているかのような……)
ウォイドの脳内で、思考が急速に回転する。彼は、五感を通して得られる情報そのものが、ホウカによって改変されている可能性に気づき始めた。
「どうした、欲無しよ。その程度で、もう終わりか? 貴様は願いを持たぬ故に、異能も持たぬ。ただの、体格の良い一般人に過ぎないのだ」
ホウカは、ウォイドが完全に追い詰められたと確信したのか、さらに強力な攻撃を仕掛ける。ウォイドの足元から、巨大な地割れが走り、彼を飲み込もうと口を開く。ウォイドは間一髪で飛び上がり、それを回避した。
隠された攻撃、露になる真実
空中で、ウォイドの体が突如として眩い光に包まれる。それは、ホウカの作り出した幻惑の光だった。しかし、その光の奥から、轟音と共に巨大な熱波がウォイドを襲い来る。
(そろそろ本格的に決めるか。頼んだぜ傭兵さん)「さあ、絶望の色を見せろ! 爆風!」
ホウカが高らかに宣言する。アリーナを覆う「爆発の幻影」は、その音と熱量までもが完璧に再現されており、観客たちはその迫力に息をのんだ。彼らは、ウォイドがただ幻影の爆発の中にいるように見えていた。しかし、ウォイドの表情は変わらない。彼は、光と熱に包まれながらも、その奥に潜む「真実」を探ろうとしていた。
(仮に彼の異能を五感の認識を惑わすことだと仮定して推測するなら、表示する名前は幻影で欺くもの(イリュージョン)。もしそうだとしたら、それは攻撃する手段ではない。なら、この見えない熱と衝撃は「幻影」とリンクした別の異能。どこかに隠れたもう一人**攻撃者**がいるはず……!)
ウォイドは動きを止め、目を閉じた。視覚からの情報を遮断し、他の感覚に集中する。ウォイドの脳裏に、ホウカの異能の限界と、その裏に隠された「攻撃」の可能性が閃いた。彼は光に包まれながらも、その爆風の発生源を探る。すると、彼の意識の中に、微かな違和感が浮かび上がってきた。それは、アリーナの特定の場所から巨大な熱波を放った、傭兵らしきものの微弱な「情報の波動」。そう。もう一つの「力の波動」が浮かび上がった。傭兵は、ホウカの「幻象欺詐」によって完全に隠蔽されていたのだ。
「なるほど……そういうことか」
ウォイドの口元に、微かな笑みが浮かんだ。それは、嘲りでもなく、勝利の予感でもない。ただ、真実に辿り着いた者の、静かな納得の笑みだった。
「お前の異能は、あくまで五感の認識を惑わすこと。それは「幻影」で作り出すものでもない。その幻象は、実体を伴わない。お前は、このアリーナを覆う程の粒子を作り出す、観客や俺の五感に直接作用して惑わせる、まるで見えない幻影があったかのように認識にずれを感じさせる。そして、その幻影の裏に、隠していた傭兵らしきものを使って、連携攻撃するとはな。プリテンダー商会が裏で仕組んだ、見えざる不正の証拠、これがお前らの手段か?!」
ウォイドの言葉に、ホウカの顔色が変わった。彼の顔から、余裕の笑みが消え失せる。アリーナの大型スクリーンには、ウォイドの言葉通り、薄々隠蔽されていた傭兵の姿と気配が映し出された。観客たちがざわめき、プリテンダー商会の関係者が慌てふためくのが見て取れる。
「な、何を言っている!? そんなものはない、 全ては私の異能で作り出す幻影だ!」
ホウカは必死に否定するが、ウォイドは静かに首を振る。
「幻影は、真実を隠すためのもの。しかし、その幻影を維持するためには、必ず何らかの「情報」が必要となる。お前の異能は、情報そのものを創り出すのではなく、既存の情報を改変しているに過ぎない。そして、その改変された情報が、お前が隠そうとした「不正」の痕跡を露わにした」
ウォイドは、ホウカの異能の「本質」を見抜いていた。「幻象欺詐」は、完璧な幻影を作り出すのではなく、情報の認識を改変するもの、故に「情報」が弱点となる。ウォイドの異能は、その情報を逆手に取ることで、真実を暴き出したのだ。
ウォイドが異能の名前を叫んだ、彼は右手を、ゆっくりと持ち上げた。彼の掌に、漆黒の光が宿り始めた。それは、宇宙の深淵にぽっかりと開いた穴のように、全ての光を吸い込むような、不気味な存在感を放っている。
「偽りの幻想は、この闇の前では意味をなさない、光も、音も、そして情報さえも、全てを飲み込め。「黒い空洞」。
ウォイドがそう告げると、彼の掌の黒い点が急速に膨張し始めた。アリーナ全体を覆っていたホウカの幻影が、その黒い点に向かって猛烈な勢いで吸い込まれていく。ウォイドの足元で開いた地割れは瞬く間に消え去り、彼を包んでいた眩い光も、まるで吸い込まれるように闇の中へ消えていく。
「くそっ! 馬鹿な! 異能が、吸い込まれただと!?」
ホウカは、自身が作り出した幻影が次々と崩れていく様に、顔を蒼白にしていた。彼は必死に新たな幻影を生成しようとするが、その試みは全て無駄に終わる。ウォイドの「黒い空洞」は、ホウカが放つ幻影の「情報」そのものを吸収し、無力化していたのだ。
(くっ、なぜだ!? このウォイドという男、一体何者なんだ!? ここは最後の手段だ……!)
ホウカは焦り、アリーナの影に隠れていた傭兵に目配せをした。彼はホウカの合図を受け、隠し持っていた異能「環境爆発」をウォイドに向かって放つ。傭兵は、ホウカの「幻象欺詐」によって完璧に「隠蔽」されていたはず。だが、ウォイドの「黒い空洞」によって隠蔽が崩れ、その姿も、ウォイドの周囲に突如として現れた「爆発の幻影」も、観客の目にはっきりと認識された。
「ははは! どうだ、無欲の者よ! これが私の真の力だ! この爆発は幻影ではない! 貴様は、この炎の中で灰となるのだ!」
ホウカが高らかに叫ぶ。アリーナを覆う「爆発の幻影」は、その音と熱量までもが完璧に再現されており、観客たちはその迫力に息をのんだ。
しかし、ウォイドは動じない。彼の掌の「黒い空洞」は、さらに大きく、深く、その闇を広げていく。
「全て、無に帰す」
ウォイドの言葉と共に、彼の掌の「黒い空洞」が、アリーナを覆う「爆発の幻影」を、音もなく、光もなく、まるで存在しなかったかのように、完璧に吸い込んだ。爆音は消え、閃光は闇に飲まれ、熱波は冷気へと変わる。そこにはただ、静寂と、ウォイドの掌で輝く、小さな黒い球体が残るのみだった。
傭兵たちの放った爆発の異能は、ウォイドの「黒い空洞」に完全に飲み込まれ、その存在さえも消滅していた。彼らの異能の痕跡は一切残らず、ウォイドの周囲は、まるで何もなかったかのように清澄な空気に包まれている。
ホウカは、呆然と立ち尽くしていた。彼の異能は、完全に無力化された。彼の顔には、絶望と恐怖の色が浮かんでいる。
「ま、まさか……ありえない……この私が欲無しに」
ウォイドはゆっくりと、「黒い空洞」を収束させ、再び掌を広げた。そこにはもう、闇の力は宿っていなかった。彼の視線は、ただホウカに向けられている。
「お前の願いは、所詮偽りの願いに過ぎない。偽りだからこそ、それは自らの心から発するものではない、お前はただお前の親父を真似ているに過ぎない。よってお前の異能もそれほどに過ぎない。お前の親父がそれを知って、だからお前が勝てるように傭兵を仕組んだ、そうだろう?」
「その通りだ…」
「やっぱりそうか……」
ホウカの膝がガクリと崩れ落ちた。彼は、ウォイドの圧倒的な力と、自らの不正が暴かれた事実に、完全に打ちのめされていた。
「勝者、ウォイド!」
審判の力強い声が、静寂に包まれたアリーナに響き渡る。一瞬の静寂の後、ドーム全体が割れんばかりの歓声に包まれた。それは、不正を暴かれ、圧倒的な力で打ち破られたホウカへの批判と、謎多きウォイドの勝利を称える、混じり合った歓声だった。
ウォイドは、その歓声に耳を傾けることなく、ゆっくりと司会者の元へと歩み寄った。
「司会。確か勝者には敗者から一つ何でも所望する権利があったよね? それはどのような内容でも可能か?」
ウォイドの問いに、司会者は戸惑いながらも答える。
「あ、ああ、はい! 可能です」
ウォイドは、その言葉に僅かに目を細めた。そして、司会者と、スクリーンに映し出されたプリテンダー商会の幹部たちに視線を向けた。
「俺の願いじゃないけど…このアリーナにいるプリテンダー商会に対して要求する」
ウォイドの言葉に、再びアリーナが静まり返る。観客たちは、固唾を飲んで彼の言葉に耳を傾けていた。
「プリテンダー商会は、メイティ兄妹から奪い取った民宿メイティの経営権を、直ちに彼らに返還すること。そしてプリテンダー商会は今後一切、メイティ兄妹に近づき、彼らを脅迫する行為を禁じる。」
その言葉に、プリテンダー商会の幹部たちがざわつく。民宿メイティ。それは、プリテンダー商会との戦いに負けて、経営権を奪われた小さな民宿だった。ウォイドが、その裏事情を知っていたことに、誰もが驚きを隠せない。
ウォイドの瞳に、僅かながら冷たい光が宿る。
その言葉は、アリーナの空気を震わせた。プリテンダー商会の幹部たちは、ウォイドの眼差しに、恐怖にかられたように顔を青ざめさせた。彼の異能が、単なる物理的な力だけでなく、情報を吸収し、真実を暴く力であること。そして、その力が不正を許さない意志と結びついた時、どれほど恐ろしいものとなるのかを、彼らは理解したのだ。
(俺に願いはない、けど代わりに願いを叶えることができる、それはきっと願いの本質と言う課題のヒントになれるかも……)
ウォイドは、ただ静かに、その場に立っていた。その時、アリーナには複数の視線がウォイドに向けられた。黒い髪、腰に刀を携え、燃える火模様の和式の羽織を着た男。金色の髪、白い服の女性聖職者。メガネをかけて本を読む緑髪の女の子。気を修行する者。彼の存在は、ウィッシュバトルに新たな波紋を投げかけた。願いを持たぬ男、ウォイド・シェラウド。これからはどんなことが起こり、この先の戦いで、彼は願いを見つけることができるのか、その本質を知ることができるか?世界中の誰もが息を呑む中、ウォイド、欲無しの男が願いを見つける物語は、まだ始まったばかりだ。