女の友情って
「……もう絶っっっっ対に男なんて信じない!」
「アリッサ、今回の彼とは結婚目前だって言ってたもんねぇ……」
「そうだよっ、トゥインクルの指輪だって贈ってくれたし、来月にはうちの両親にも挨拶に来てくれる約束してたのに……!」
わっと泣き出した彼女は学生時代からの友人で、今も職場である冒険者ギルドの受付嬢として共に働く同僚でもある。金髪に青い目のアリッサは垂れ目で色白、大人しそうな見た目だけれど笑うと花が咲くように明るい表情が人気でよくモテる魅力的な女性だ。その性格はといえば案外はっきりものを言うし、行動力もあるタイプだったりする。今日も結婚目前だった彼氏の浮気が発覚して急遽飲み会になったけれども、きっと浴びるほど飲んで愚痴を吐き出せば明日にはケロッと機嫌を戻しているのではないだろうか。
さっぱりしていて付き合いやすい相手ではあるけれど、私も真似できるかといわれれば難しいところだ。
「──実は私も、彼と別れたんだよねぇ」
「えっ!? ブロッサムの彼氏ってA級冒険者のクリストファーさんでしょ!? もう凄い長かったじゃん、えっ、なんで!?」
確かにクリスとはかれこれ九年近くの付き合いになる。私がギルドで働き始めてすぐ、当時はまだ中堅だった彼から告白を受け押し負けたのだ。
「なんか、A級になったら貴族の令嬢たちからもモテるようになったみたいで……二十代も半ばを過ぎた私より、若くて綺麗なご令嬢の方が良いんだってさ」
「はぁあああ? あり得ないんだけどっ! 若い時期ごっそり奪っておいて、今更なんなのその言い草はっ! ああ、腹立つ~っ! やっぱりもう絶対に男なんて信じないっ! ブロッサムだってそうでしょ!?」
「はは……まあ、そうね。今はなんだか疲れちゃったなって感じかなぁ」
これでも大分努力はしたつもりなのだ。上級になって忙しく依頼をこなすクリスを支えようと、食事を作って待ったり家を掃除しに行ったりもした。いつかは結婚するものだと思っていたからこそ、『冒険者としての立場が落ち着くまで待って欲しい』という言葉を信じていたのだ。
段々男女としての触れ合いが少なくなっていたことも、もう恋人というよりは家族の関係になってきたからなのだと思いたかった。
けれど、彼の中では違ったのだろう。
「もうさ、老後は女同士で同じ家に住んで、気楽に過ごすとか良くない!? 男の目を気にしてちゃんとした服着たりとかも面倒くさいし……女同士なら着慣れたゆるゆるの部屋着でも良いじゃん! 凝った晩御飯とかも作らなくていいだろうし……正直仕事の後に家事やるのとかホントだるくて! 酒のつまみだけ買って帰ってゆっくりしたいわって思ってたの!」
「ふふっ、確かにそうだね。なんで私ばっかり頑張らないといけないんだろうって、ちょっと思ってたかも」
そうでしょうそうでしょうと頷くアリッサにつられ、私も少し笑えてきた。
「よしっ、こうなったら女同士の新たな未来に乾杯しよっ! 今夜はやけ酒で朝までいっちゃうぞーっ!」
「明日も仕事だよ? でも、まあ……たまにはいいかっ! よし、私ももう一杯飲んじゃおうかな!」
もう、急いで帰って家事をしなくてもいいのだから。私も心のモヤモヤを吐き出して、明日からまた頑張ればいい。
──と、思っていたのだけれど。
「あはっ、ブロッサム~、私ぃ、運命の出会い果たしちゃったぽくてぇ~! 今日は先に帰るねぇ~?」
私が手洗いから戻ると、そこには見知らぬ男性と腕を組み、べったりと身体を寄せ合うアリッサの姿があったのだった。
「ホントごめんねぇ~? でもやっぱりぃ、私って老後は可愛い孫に囲まれて過ごしたいかも~って思ったんだ~!」
じゃあねぇ、と手を振り、男性と連れ立って店を出て行くアリッサの後ろ姿をただ茫然と見送った。ここまでに飲んだ二人分より余るほどのお金を置いて行ったあたり、彼女らしいなと苦笑する。
もう食事は十分食べたし、私も帰るべきなのだろうが……宙ぶらりんになった気持ちがどうにもやりきれない。一旦テーブルを片付けてもらい、もう少しだけ飲み直すことにした。
「マスター、強いの貰えますか」
座り直したカウンター席、よく磨かれたテーブルは一枚板で出来ており、いくつか残る酒の輪染みが良いアクセントになっている。
目の前でシェイカーを振るマスターは三十代も半ば頃だろうか。整えられた髭に、整髪料で撫でつけた黒髪がセクシーな良い男であった。
「……どうぞ」
差し出されたのはグラスのふちに塩がまぶされた美しいカクテルだ。口に含めば、キリっとしたアルコールののど越しにライムの香りが爽やかで飲みやすい。
「わぁ、美味しい」
「結構度数が高いので気を付けて下さいね」
「ふふっ、良いんです。今日は朝まで飲む予定だったし」
こんなイケメンを見ながら飲むお酒なら尚美味しい。このぐらいのご褒美があっても良いだろうと思う。
少し困った顔のマスターは大きなグラスに水を注ぐと、それも並べて置いてくれた。久々に他人から施された優しさに胸がきゅんとした。
◆
チュン……チュン……
鳥の囀りで目を覚ます。
「痛……っ」
頭がズキズキと鼓動を刻んでいる。朝までとは流石に言わないけれど、深夜まで飲んでいたのだから当然だ。家に帰って来た記憶がないが、どうしたのだったか。
周囲を見渡せば、そこは見慣れた我が家の寝台の上で。まさか隣に見知らぬ裸の男性が寝ていたり──も、しない。
布団を捲れば着慣れた部屋着をしっかり身に着けているし、顔を触れば化粧もちゃんと落としているようだ。
「こういう隙のないところが可愛くないって、よく言われたっけ」
でも、これが私なのだ。誰かに合わせて自分を変えるのはもうやめよう。アリッサじゃないけれど、ひとりでも生きていけるように強くあろうと心に決めた。
その後も私はギルドの受付嬢として働き、時々顔を合わせるクリスにも平然と対応することが出来た。なんだか気まずそうにもじもじする彼を見ていたら、この人のどこが好きだったんだっけと疑問に思ったりもしたが。
仕事終わりには時々あのバーに寄って、数杯お酒を飲んで帰る。アリッサは例の彼と交際を始めたようで、仕事後は真っすぐ帰っているようだ。先日も職場の昼休みに、『彼に頼まれてお弁当作ってるんですけど、可愛くないですか~? やっぱり好きな人相手だと尽くしたくなっちゃう!』と、写真を見せて自慢していたのを聞いた。思うところはあるけれど、彼女が幸せならば良いのだろう。私にはもう関係のないことだ。
と、思っていたところ。
「ねぇ聞いてー! 彼ったら浮気してたの、ありえなくない?! やっぱり老後はブロッサムと暮らすぅ~!」
縋りついて来るアリッサをそっと引き剥がす。不思議そうな顔でこちらを見る彼女に、そっと左手を見せた。
「え、それ、トゥインクルの指輪……」
「もう結婚したから老後はちょっと無理かな? 私も、孫に囲まれて過ごしたいし」
あの時の台詞を返してやれば、茫然としたアリッサはくしゃりと顔を歪めた。
「早く言ってよぉ……! お祝いしたかったじゃんかぁ……!」
やっぱりこういうところが、嫌いになれないのだ。
きっと彼女の良いところを見付けてくれる相手はどこかにいるだろう。
朝までは付き合えないけれど、旦那様に頼んで何か素敵なカクテルを一杯ごちそうするくらいは、してあげても良いかもしれない。
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