幻獣
「すみません。立ち聞きするつもりはなかったんです」
俺は両手を上げて物陰から姿を現した。と、同時に俺の視界に入って来たのは……
(白……いや白銀の鳥?)
オーロラと共にいたのは白銀の翼を持った巨鳥。これは間違いなく幻獣だろう。
(幻獣は精霊が受肉した存在とか神の僕だとか言われている超常の存在。何故こんなところに……)
とにかくこのままじゃいけない。幻獣は世界の理に深く関わる存在だからな。
「俺はナドゥの冒険者のディラン。が、これは偽名です。訳あって身分と名を偽ることをご容赦下さい」
跪いてまず断ったのは今の名が仮初のものであることだ。本名を明かすべきかもしれないが、いかに幻獣相手とはいえ、初対面で全て明かすわけにはいかない。それにそう言うのって正直に見えて、実はそうでもない気もするのだ。
「くっくっく……中々に大胆不敵な物言い、気に入ったぞ。名を明かさぬ無礼を許そう。我のことは好きに呼ぶが良い」
……つまり、呼び名は俺が考えろってことか。
(……性別もまだ聞いてないんだが)
それも含めて考えろってことか。うーむ。
(黄みがかった薄赤色の布……オーロラのものか?)
よく見ると、足には布が巻かれている。怪我をしていたのだろうか。
「ではヘイゼル様と呼ばせて頂きます」
「ヘイゼルで良い。あと、そんなに畏まらなくてもよい。何せこのざまじゃ」
ヘイゼルが軽く体を動かすと紫の鎖が現れ、その動きを封じた。
「忌々しい鎖め……これさえなければあのオーガ共など歯牙にもかけぬものを……」
これは何かの魔法か? 幻獣を拘束するなんて普通の魔法じゃないな。
(ていうか、今“オーガ”って言ったよな?)
もしかして俺達が戦ったあのオーガのことか? あいつらはヘイゼルを追ってここまで来たってことなのか……
(魔物が幻獣を追う……そんなことあるのか?)
裏で何かヤバいことが起こってる、そんな気もするな。
「オーガには私も出くわしました。逃げるので精一杯でしたが」
「ほう……無傷で逃げたか。あのオーガ、加護で力が強化されておったはずだが……ムッ! そちは……」
加護で強化……? というか、俺がどうかしたのか?
「そなた、中々やるではないか。どうだ、我が頼みを聞いてはもらえぬか」
頼み?
「気づいているとは思うが、あのオーガは我の追手だ。この森の生物に迷惑をかけないように結界を張っていたのだが、それも破られてしまってな。あやつらがいなくなればまた結界を張ることも出来るのだが」
「……つまり、あのオーガを倒せということでしょうか」
「そうだ。そうすればこの森に住む村人も生物もこれまで通りの生活が出来るように結界を貼ろう。どうだ、悪い話ではないだろう?」
*
(エラいことになったな……)
オーロラと共に村へ向かいながら俺は途方にくれていた。
(元々この緊急クエストは情報収集だけだったはずなのに……)
レベル一桁の駆け出し冒険者にあのオーガを何とか出来るはずもない。だが……
(まいったな。幻獣の頼みじゃ断れないな……)
幻獣はこの世の理と深く関わる存在。本来目にすることさえ叶わない。そんな存在から頼まれたら……ちょっと断れない。だって、機嫌を損ねたらとんでもないことになるかもしれないからな。
(とりあえず二人にもこの話をして相談してみるか)
あのオーガは俺達だけでは手に余る相手だが、高ランクの冒険者が来てくれれば何とかなるだろう。ヘイゼルも村には結界が張ってあるとか言ってたし……
「あ、ディラン! 何処に行ってたの?」
村に戻るなり、俺はエレナに捕まった。
「あの、実は……」
「とにかく後! 早くこっちへ来て!」
有無を言わせぬその様子に黙ってついて行くと、再び村長の家が見えてきた。
「ディランか。入ってくれ」
入口には険しい顔をしたオリヴァーさん。黙って抜け出したことを怒っている……という訳ではなさそうだな。
(一体どうしたんだろう……)
促されるままに中に入ると……
「!!!」
丸いシャボン玉のようなものが宙に浮いている。これは確か通信用の魔道具だったか……
「サイラス達からだ。どうやら例のオーガと交戦したらしい」
あのオーガと!?
「とにかく急いで見てみてくれ。話はそれからだ」
俺は促されるまま宙に浮いたシャボン玉を覗き込んだ。
ヘイゼルからの頼み事:
フム、ようやく出番か。しかし、こんなざまでの初登場とは…… 筆者め! 幻獣を何だと思っているのか!
……筆者は許せぬが、仕事はせんとな。いつも読んでくれて感謝しておる。頼みついで悪いのだが、もしブクマ&ポイントがまだならよろしく頼む。皆の応援があれば、この忌々しい鎖も解けるはず!




